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『…それで、寮を飛び出しちゃったの』
「嫌だったんだもん。信じられる?仲間を捨てようとしたんだよ?」
『捨てるって…それは大袈裟じゃないかな』
「大袈裟じゃないよ」
『…怒ってるの?』
「悔しいの」
『悔しい?』
「なんで分かってくれないのかなって、すっごく歯痒いの」
『…今夜はどうする?最終の電車あるならうちに来てもいいけど』
「ネカフェに泊まる。…電話してごめんね。まもり、明日早いのに」
『ううん、ちょっと眠れなかったからいいよ』
「私もうちょっとうろうろしてみる」
『駄目よ!女の子の一人歩きは危ないでしょ!』
「お休みなさいまもり」
『ちょっと!』
プツッ。怒鳴る声を無視して電話を切ってしまった。まもり、怒っちゃったかな?ごめんね。携帯を閉じて胸の中の空気を吐き出す。それは白くなって、空から落ちる雪に滲んで消えた。綺麗だなあ。寒いけど。冷たい手を擦り合わせる。時間は23時過ぎ。私が寮を飛び出して2時間が経った。私の携帯は彼氏からの連絡を、未だに知らせてくれない。
私には阿含が分からなかった。だってナーガは仲間だ。ずっと一緒に戦って来た大切な仲間なんだ。それを、言い方は悪いけど、捨てて、他のチームに入ろうとするなんて。本当に信じられない。なんでそんなことが出来るんだろう。阿含はただセナと戦いたかっただけだったんだ。その為なら周りにいる人間は別に誰だってよかったんだ。ナーガのみんなは来年に向けて頑張ってるのに、打倒・泥門でずっと練習してるのに。みんなで勝とうって言ってるのに。阿含は本当に、馬鹿みたい。何あの分からず屋。なんでなんでなんでなんでなんで。悔しくて悔しくて涙が出る。歩きながら泣くなんてかっこ悪いなあ。
雪がはらはらと降っている。ぎゅ、ぎゅ、と転けないように気を付けながら歩いた。なんとなく行きたい場所がある。ネカフェはそれからでもいい。なんとなく、どうしても、見ておきたかった場所。手をポケットに突っ込む。寒いけど、足は止めなかった。行きたいの。なんとなく。私達では行けなかった場所。
────東京スタジアム。
「…うわあ…」
正面に来て、私はやっと足を止めた。スタジアムには雪が積もっていて真っ白だった。それだけじゃない。玄関ホールの前に、巨大な雪像があった。帝黒アレキサンダースと泥門デビルバッツのイメージキャラクターが睨み合うようにして聳え立っている。…すごい。誰がこんなの作ったんだろ。ヒル魔くんが得意の脅迫手帳で業者さんを雇ったのかな。ぼんやり見上げて、もしあの時ナーガが勝っていたらここにいたのはナーガのキャラクターなんだろうなあなんて思った。悔しいなあ。やっぱり、勝ちたかったなあ。今更どうしようもない、だからみんなは今頑張ってるんだ。私も前を見なきゃ。恐る恐る近付いてみる。雪像に触ろうとした、瞬間だった。玄関ホール横の自動販売機から大きな声が聞こえたのは。
「おいテメェ!触んじゃねえぞ!」
「ひっ!ごっごめんなさい!」
慌てて声のした方を見ると自動販売機の周りにたむろするガラの悪い不良達がいた。近くにバイクが停まってる。うわあ関わりたくない。早いとこ立ち去ろう。私は素直に雪像から離れた。にしても、なんであの不良が怒るんだろ。もしかして雪像を作ったのってあの不良達なのかな。まさかね…。ネカフェ行こっと。回れ右をしてとぼとぼ歩き出したら、突然ぽんっと肩を叩かれた。後ろに誰かいるなんて思ってなかった上その手があまりにも冷たくて私は思いっきり悲鳴をあげてしまった。だ、誰だろう。不良が追っかけてきたのかな。内心ビクビクしながら振り返る。視界に映ったのは、見知った顔だった。
「…何をそんなにビビってんだ。つか、やっぱりお前だったな」
「…あ!葉柱くん!」
私の肩を叩いたのは、いつぞや私が庇った葉柱ルイくんだった。すごく久し振りだ。まさかまた会えるなんて。そっか、葉柱くん、あの不良の中にいたんだ。相変わらずガラが悪い。葉柱くんは長い舌をだらりと垂らしたままようと言った。
「こんな時間に何やってんだ?」
「まあ、ちょっと。葉柱くんは?」
「こいつ作ってた」
「…え?…マジで?」
「マジで」
葉柱くんがこいつ、と親指で指したのは、背後にある巨大な雪像だった。…え?思わず葉柱くんを凝視する。あのでっかい雪像、葉柱くんが?そう言えばさっき肩を叩かれた時、葉柱くんの手、かなり冷たかった気がする。
「…葉柱くん、器用だね」
「俺一人で作った訳じゃねえけどな」
「あ、だからさっき怒られたのか」
「悪かったな。壊されんじゃねえかと思うとつい」
「葉柱さァん!ガスト行かねっスか!腹減ったし、ここさみィし!」
会話を遮るように自動販売機に溜まった不良達が声を張り上げた。みんな自分の腕を抱いたり手を擦り合わせたりしている。そっか。みんな雪像を作ったから疲れてるし寒いんだろう。私もそろそろ行こっかな。葉柱くんはお仲間さん達を見て何か考え込むように口を閉じる。私の顔を見ないまま葉柱くんはちょっと待ってろとだけ言ってお仲間さんの方へ走って行った。…待ってろ、って。何故?ポカーンとしながら遠ざかる背中を見つめる。
やがてお仲間さん達はバイクに乗って何処かへ行き、黒いダウンジャケットを持った葉柱くんが戻って来た。
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