遠目からでも分かる綺麗な女のひと。わたしと目が合うと、艶やかに微笑んだ。

いつもと同じように訪れたフミちゃんの隣にはいつぞやの綺麗なひとがいた。確か一番最初にフミちゃんと一緒に来たひとだ。長くて黒い髪は濡れてるのかと錯覚する程艶々で、それでいて風にさらりさらりと揺れている。白い肌、赤い唇、少し吊り目なのも美人パーツだ。同じ女から見ても息を呑むくらい、綺麗。ぼうっと彼女を見つめていたらフミちゃんがわざとらしくゴホンと咳払いをこぼした。フミちゃんは彼女をちらりと一瞥する。


「あー…友人の、仙子だ」

「初めまして」

「…あ、はっ、初めましてなまえですっ」


我に帰ったわたしはあわあわと言葉を紡いだ。仙子さんは口許を隠してくすくす笑っている。そんな仕草もすごく綺麗だ。わたしはふたりを長椅子に座らせてお茶を出した。食べるものはフミちゃんと同じものでいいだろうか?仙子さん、好き嫌いあるかな。スタイルがいいからあんまり甘いものを摂らないようにしてるとか。ちょっとぎこちなくなりながら外に出る。フミちゃんはどこか不機嫌そうで、仙子さんは楽しそうだった。仙子さんはわたしと目を合わせると、目を細めて笑った。


「私のお友達がご迷惑をかけてはおりませんか?」

「いえ、そんなこと…フミちゃんは時々手伝ってくれるし、迷惑をかけてるのはこっちだと思ってるくらいで」

「…ふみちゃん?」

「え?」


仙子さんは目をぱちくりと瞬かせた。あれ?わたし変なこと言ったかな。ちょっと不安になってフミちゃんに助けを求めるように視線を向けて、首をかしげた。フミちゃんは目をこれでもかと言うくらい見開いていて固まっている。何故だか冷や汗みたいなものをだらだら流して、少し赤くなっている。暑いのかな?でも今日は風が冷たくて寒いくらいなのに。仙子さんはフミちゃんをじっと見つめて、きっちり五秒後に口元を押さえて震え出した。身体を「く」の字に折り曲げて笑ってる。…わたし、何か可笑しいこと言ったかな?


「…あァ、ああ、そう。そうね。おフミ、ね」

「?」

「仙子…」

「っく、ふ…ふ、ごめんなさい、何でもありませんわ」


フミちゃんが仙子さんをぎろりと睨む。仙子さんはまだまだ可笑しそうに笑っていたけどなんとか身体を起こして微笑んで見せた。ううむ、やっぱり綺麗なひと。爪の垢を頂いて飲んだら少しはわたしも綺麗になれるだろうか。なんとなくそう思った。だって、仙子さんは本当に綺麗。背も高いし、白いし、細いし。それでいて胸は大きくて、腰はキュッとくびれてて。羨ましいことこの上ない。仙子さんをじーっと見つめていたら、仙子さんは軽やかに笑った。


「私の顔に、何か?」

「え、あ、や、いえ、綺麗だな、って思って」

「…ありがとう。なまえさんもとても可愛らしいですよ」

「え、え、いや、そんな」


こ、こんな綺麗なひとに可愛らしいって言われるとは!恥ずかしくなってわたしは逃げるように俯いた。すると、ゴホン!と大きな咳払いが響いた。見れば眉間に深い皺を刻んだフミちゃんがいる。分かりやすい。これはものすごく不機嫌だ。フミちゃんはすっと立ち上がるとそのまま店の中へ入ろうとした。


「フミちゃん?」

「そろそろ大福が出来るだろう。貰って来る」

「いいよ、座って待っ」

「お前は座って喋ってればいいだろう」


ぶっきらぼうに言い放つとフミちゃんはずかずか店に入って行った。フミちゃんはすっかりうちの常連さんだから爺ちゃんと仲が良い。フミちゃんがひとりで店に入って行ったっておかしくはないけど…でも、どうしたんだろう。不機嫌なのは勿論だし、なんだか怒ってるみたい。わたし、何かしてしまったのかな。フミちゃんのあんなに低い声、初めて聞いた。ちょっと怖いかも。しょんぼりして俯くと仙子さんがまたくすくすと笑った。


「ごめんなさい。おフミ、私がなまえさんと仲良くするから妬いてるみたい」

「…え?妬いてる?」

「いつもあなたとふたりでお話するのでしょう?私が邪魔をしてるようで面白くないのね。今日だって嫌がる彼女に無理矢理ついて来たから」

「女の子に妬くなんて…」

「それだけなまえさんが好きなのだわ」


すき。仙子さんの言葉に目を丸くした。そう言えば今日のフミちゃんは始めっから不機嫌だった。仙子さんの言う通りなら、それはわたしが仙子さんと仲良くなってしまったらどうしようかと、不安がっていたのかも知れない。怖かったのかも知れない。なんだ、そっか。妬いてるんだ、フミちゃん。可愛いなあ。わたしはついふふっと笑ってしまった。すると、丁度そこへ盆を持ったフミちゃんが帰って来た。眉間には相変わらず深い皺。だけど、それがヤキモチだと知ると可愛らしく思えた。


「フミちゃん」

「ん?」

「わたしも好きだよ」

「…………は?」


たっぷりと間を空けたのちフミちゃんは間抜けな声を出した。それと同時に持っていた盆が手から滑り落ちた。地面にぶつかる寸前に仙子さんが素早く拾い上げる。塩豆大福の位置がちょっとずれたくらいで大福にも皿にも盆にも被害は無かった。仙子さんの動きが人間離れしていたような気もするけど、きっとフミちゃんと同じ武家のひとなんだろう。固まって真っ赤になったフミちゃんを見つめると、照れ臭くなって笑った。
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