初めて声をかけられた。すごく嬉しかった。

お八つ時のピークを越えてお客さんがいなくなり片付けに追われていた頃、フミちゃんがやって来た。長椅子の下に落ちた食べかすを箒ではわいていたわたしにおずおずと「あ、のう」と声をかけてくれたのだ。きっとまた来てくれるだろうとなんとなく思っていたけど、本当に来てくれるなんて。疲れていた筈なのに気分が楽になっていく気がした。


「フミちゃん!」

「こ、こんにちは」

「待っててね、今お茶持って来るから」

「あ」


箒を置こうとしたらフミちゃんがぽつりとこぼした。足を止めて振り返る。フミちゃんは右手を少し上げて固まっていた。なんだろう?お茶は要らなかったかな?フミちゃんは視線をうろうろ彷徨わせると薄く口を開いた。フミちゃんは話すまでの動作がおぼつかなくて長い。まだわたしに慣れていないだけなのかよく分からないけど、見ていて飽きないなんて言ったら怒られるよね。


「片付け、まだ、残ってるのでしょう」

「それがどうかした?」

「私のことは、後回しでいいから」


ぽそぽそ話すフミちゃんにポカンと呆けてしまった。十秒間くらいたっぷり固まって、慌てて首を横に振る。いくら仲良くなりつつあるとは言えフミちゃんはお客さん。後回しなんて出来る訳がない。その優しさだけ頂いておこう。


「大丈夫、ありがとう」

「あ、いや」

「待っててね」

「あの!」


突然フミちゃんが大きな声を出したかと思えば袖を掴まれた。置こうとした箒が手から滑り落ち、カランと地面に転がる。顔を上げたら思ったより近くにフミちゃんがいてびっくりした。目が合うとフミちゃんが唇をわなわな震わせている。唇、薄い。それに荒れてる。せっかくの口紅も上手く差せてない。勿体ないなあ。フミちゃんの顔がじわりじわりと赤くなって、袖からそっと手が離れていく。よっぽど強い力で掴まれたのか皺が寄っていたけど特別嫌ではなかった。フミちゃんはわたしと目を合わせたり逸らしたりして、意を決したように目に力を籠めた。


「手伝わせてくれないか?」

「……」

「本当は、今日はもっと早くに来ていたんだが、忙しそうで声がかけられなくて…」

「……」

「あれだけ忙しかったならまだ片付けがあるだろう?だから、良かったら手伝わせて欲しい」

「……」

「…あ、のう」


目に見えて縮こまっていくフミちゃんにハッと我に帰る。わたしの耳が正しければ今、彼女は、手伝わせて欲しいと言った。しかも忙しかったことを知ってるってことは、随分前から待っていてくれてたらしい。まだまだおずおずして話すような彼女がはっきり「手伝わせて欲しい」と言うとは思ってもみなかったからものすごくびっくりしてしまった。フミちゃんは俯いてしまっている。笑ってしまわないように我慢しながら箒を拾った。フミちゃんの袖をちょんっと引っ張ると、フミちゃんは顔を上げた。なんだか泣きそうな顔だった。


「じゃあ、箒掛けを頼んでもいい?わたしお皿洗わなきゃいけないの」

「あ…あぁ、構わない」

「ごめんなさい。ありがとうフミちゃん」

「あ、あぁ、うん」


フミちゃんはどこか素っ気ない返事だったけど表情をぱあっと明るくさせた。ここまで言ってくれるんだもの、頑なに断るのも可哀想だよね。フミちゃんに箒を手渡して店に入る。既にお皿を洗っていた爺ちゃんが「外回りは終わったのかい?」と言うのでかくかくしかじかと説明すると目を丸くしていた。それから顔をしわくちゃにして「お礼は塩豆大福でいいかの」と呟いた。早いとこ終わらせて、フミちゃんとゆっくりお茶しよう。それにしてもフミちゃん、男の人みたいな話し方するんだなあ。

お皿洗いを終えて急いで外に出ると箒掛けは終わったらしく、箒を手に佇むフミちゃんと目が合った。ちらりと見てみれば長椅子の下も入口の周りもゴミひとつ無い。わあ、すごく綺麗にしてくれてる。フミちゃんは相変わらずおずおずもじもじしていたから笑って見せた。


「フミちゃんありがとう!」

「…逆に邪魔になったり」

「そんなことない!ね、座って。今お茶の準備するから」

「あ、ありがとう」


フミちゃんが安心したように笑う。その顔がどこか凜としていて、綺麗と言うよりは頼もしい印象を残した。
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