あ、と思った。また来てくれたんだ。

何かを頼む訳でもなくメニューを睨み付けるのは間違いなく先日訪れた友達さんだ。顔のインパクトが強くて覚えてた…って、失礼過ぎる。ごめんなさいと心の中で謝った。今日はひとりなんだ。まだまだ注文しそうになかったからお茶を差し上げると友達さんは目を丸くした。わたしのこと覚えてくれてるかな。お客さんもいないし、ちょっとお話ししてみよう。


「注文決まった?」

「!」

「…ま、まだならゆっくりいいんだよ」


友達さんはカッと目を見開いて固まってしまった。物音にびっくりした猫みたい。話し掛けられるの苦手だった、かな。初対面だもんね。わたしちょっと失礼だったかも。お盆を胸に抱き寄せて軽く俯いた時だった。友達さんが唸るような声を出したのは。


「遅くて、済まない」

「…いいえ!今誰もいないし、本当にゆっくりいいの!」


友達さんの声は女の子にしては低かった。話し方もどこか雄々しい。でも返事をくれたことが嬉しくてつい大きな声を出してしまった。友達さんはびっくりしたみたいだったけどまたメニューとにらめっこを始めた。まだ決められないみたい。お客さんは来そうに、ない。よし。わたしはそろりそろりと足を動かすと友達さんへそっと近付いた。友達さんはまだメニューとにらめっこしていたけどわたしに気付くとメニューから顔を上げた。なあに?と目が語っている。あ、ちょっと可愛い。


「隣、座ってもいい?」

「……」

「…嫌?」

「っち、がう。…構わない」


友達さんは口をもごもごさせながらまたメニューに視線を戻した。『違う』ってことは嫌じゃない、のか。嬉しい。友達さんの隣に座る。そこで、ふと思った。そう言えばわたし、彼女の名前知らない。未だメニューを睨み付ける友達さんの横顔をじっと見つめた。せっかくだから仲良くなりたい。いいかな。大丈夫かな。積極的に行け、頑張れわたし。友達さんの顔を見つめる。…本当に失礼だけどすごい厚化粧だなあ。


「わたしなまえっていいます。あなたの名前は?」

「あぁ、私はもっ……」

「…も?」


も?…藻?藻がどうしたんだろう。友達さんはわたしと目を合わせたまま固まった、かと思えばギシギシとぎこちない動きで首ごと視線を逸らした。友達さんって不思議な反応をする人だ。なんだか面白い。しばらく観察していたら友達さんはごくりと唾を飲み込みギッとわたしと視線を合わせた。ボサボサの髪がはらりと揺れる。強い眼光にびっくりしたけど睨まれて怖い、という印象は何故だかしなかった。


「…フミ」

「…フミちゃん?」

「そ、そう。私は、フミだ」


ひとつひとつ丁寧に、フミちゃんは告げた。フミちゃん、と口の中で呟く。その名前は彼女にぴったりなような気がした。フミちゃん、フミちゃんか。フミちゃんはメニューを膝に乗せると一度お茶を啜った。注文はまだ決まらないみたい。前回は塩豆大福を食べてたっけ。今回は何か違うものが食べたいのかな?フミちゃんの膝からメニューを取ってフミちゃんに見せた。フミちゃんは目を丸くしてる。


「何が食べたいの?」

「…あ、いや、その」

「うちはどれも美味しいよ」

「…じゃあ」

「ん?」

「あまり、甘くないものを」


フミちゃんの言葉を頭の中で繰り返してわたしは首をかしげた。あまり甘くないもの?うち、甘味処なのに。甘いのしかないのに。甘くないものがいいのに、うちに来たの?ぽかんと口を開いて固まるわたしは大層間抜けだったと思う。フミちゃんはバツが悪そうな顔をしてメニューを閉じた。しまった、わたし、失礼だったかも知れない。お客さんが欲しがってるならソレを出さなきゃいけないじゃないか。わたしは咄嗟にフミちゃんの袖を掴んだ。そうしないとフミちゃんが帰ってしまう気がした。フミちゃんはよっぽどびっくりしたのか目を見開いている。


「塩豆大福なら甘さ控えめで美味しいよ。どうする?」

「あ、ぁ…じゃあそれをひとつくれ…じゃない、下さい」

「かしこまりました!」


少々お待ち下さいね、と一言入れてから店に飛び込む。爺ちゃんに注文を言ってからわたしもエプロンを着けた。早く作って食べて貰おう。それから、またお話ししよう。

出来上がった塩豆大福を持って行くと、フミちゃんはやっと表情をやわらげてくれた気がした。
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