良くも悪くも真っ直ぐなひとだと、思った。

びゅうッと強く吹いた風がお互いの髪や着物の裾を揺らした。自分の髪で文次郎さんの顔が遮られてしまう。だけど身体が動かない。指先ひとつ動かせない。遮られているはずなのに、そこから目を逸らすことが出来ない。風がやんで髪がはらはらと元の位置に戻る。文次郎さんの視線は一寸違わぬまま、わたしを真っ直ぐに見つめていた。身体が揺れてしまうくらいに心臓が跳ねる。文次郎さんの薄くて少し荒れた唇が、意を決したようにくわっと開いた。


「あなたが、好きです!」


辺りに響いた台詞にわたしは目を見張った。分かっていたと言えば自惚れになるようで嫌だけどでも、そ、そんな大きな声で言わなくても。耳の先にかあっと熱がこもる。そんなわたしに負けないくらい真っ赤な顔をした文次郎さんは大きく口を開いたまま、言葉を続けた。


「あなたより先に死なないとは言えません!そんな保証は、何処にも無いのだから!」


びりびりびりびりと、文次郎さんの声は肌に突き刺さる。鼓膜が痺れてしまいそう。文次郎さんの言葉に、わたしは胸に冷たい鉛を流されたみたいだった。顔は熱いばかりなのに。だって、先に死なないとは言えないだの、保証は無いだの言うから。そんなことを言われたら不安になってしまう。見開いた目が徐々に伏せられていく。それに気付いてなのか違うのか、文次郎さんの握り締めた拳に力が入った。


「だけど絶対に、後悔はさせないと、誓います!」

「……!」

「だからッ、私と…!」


そこまで言うと、文次郎さんは目を逸らした。口元を押さえて俯いている。文次郎さんというひとはとても真面目なひとだ。そしてわたしの推測からすると、こういったことは大の苦手なんだと思う。今になって考えればフミちゃんはわたし相手に赤くなることが多かった。そっか。あれは恥ずかしがり屋とか性格とかじゃなくて、わたしに対して照れたりしてたんだ。それでもまあ恥ずかしかったのもあるのかも。そんな真面目なひとだから、こんなことも大声で言っちゃうんだろうな。そう思ったらなんだか少し笑ってしまった。文次郎さんの肩がビクッと揺れる。文次郎さんは口元を隠したまま、恐る恐る顔を上げた。あ、やっぱり顔赤い。


「…返事は、今すぐにとは、言いません。なまえ殿も混乱しているでしょうから」

「…はい」

「ですが、返事は、必ず欲しい。是でも、否でも」

「はい。…絶対にお返事します」

「…では、私はこれで」


文次郎さんは一度会釈すると踵を返して、そのまま歩き出してしまった。髪の隙間から覗く耳は赤い。堪え切れなくなったのかな。しばらく歩いていたけど文次郎さんは突然音もなく消えてしまった。そう言えば仙子さんも突然消えたりしていた気がする。あれは忍者だから、だったのか。

文次郎さんはわたしが混乱してると言ったけど、実はそうでもなかった。少なくとも今は。なんだろう。なんだか、自分が思っているよりとても穏やかな気持ちだった。文次郎さんは正直なひと。わたしが身内を亡くすことや独りになるのが大嫌いだと知っていて『あなたより先に死なないとは言えない』なんて言うのだから。そこは嘘でも『あなたを独りにはさせない』とか『寂しい思いはさせない』とか言ったらいいのに。そしたらわたしは安心するのに。だけど文次郎さんは、そんな保証の無いことは言わず『後悔はさせない』と言った。


「……」


騙されていた?キツネに化かされるみたいに、忍者の話術に踊らされていた?もし仮にそうだとしてもわたしは笑っていられる自信がある。

だって、思う。わたしは何一つ悲しいことはなかった。寂しくもなかった。わたしのこの不思議な友達との日々はこれまでには考えられないくらい、充実していたんだから。
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