綺麗な人のお友達。彼女の第一印象はそれだった。

わたしは毎日甘味処で働いている。働いているというか住んでいる。わたしの家が甘味処なのだ。といっても家族は爺ちゃんだけ。両親は小さい頃に流行病で死んだし婆ちゃんも一昨年風邪をこじらせて死んだ。だからわたしは昔からお金より地位より人間は健康が一番だ大切だと思っている。爺ちゃんは早起きして乾布摩擦とかしたりジョギングしたりしてるから少なくともまだまだ死ぬ予定はない。死ぬ予定なんかずっとなくていいけど。爺ちゃんは今日もせっせと茶菓子を作る。そんなある日だった。彼女達が来たのは。


「ここのおすすめを二、三品下さい」


そう言ったのは綺麗な方の女の子で(こう言ったらもうひとりの子に失礼だけど)わたしはいつも通り「はーい」と答えた。彼女は微笑むと踵を返して外の長椅子に座った。靡く髪は絹糸みたいで濡れたような艶があってついうっとりしてしまう。自慢じゃないがわたしは綺麗な部類の人間じゃない。何度も着回した着物にただ結んだだけの髪はお世辞にも綺麗だとは言えなかった。ずっと爺ちゃんと暮らしていたからなのか最近の流行りにも疎い。いいなあ、あの人綺麗。しばらく彼女を見つめた後はっと我に帰って爺ちゃんに注文されたものを伝える。おすすめ、と言われて腕がなるのか品物はすぐに出来た。塩豆大福によもぎ餅にみたらし団子、栗羊羹はおまけだ。さりげなくこだわってるお茶と一緒に盆に乗せて彼女達の待つ外へ向かった。綺麗な彼女はわたしを見て目を小さくさせる。そんな仕種も女性らしいと思った。


「早いですね」

「あなた達が綺麗だから爺ちゃんが張り切ったの」


ほんとはお客さんがいないからなんだけどね。彼女はくす、と笑って隣にいる友達を見た。それから口元を押さえて一生懸命笑いを堪えている。友達の女の子はものすごく嫌そうな顔をして眉間に深い皺を刻んだ。


「あなた達が綺麗、と。よかったですね?」

「…喧しい」


なるほど、これは嫌味だ。綺麗な彼女は友達の女の子へ皮肉を篭めて「あなたのことも綺麗だと言っているわよ、よかったわね」と言っているのだ。確かに友達さんは彼女に比べると女性らしさがない。顔は白粉の塗りすぎで真っ白だし紅を乗せた唇は荒れている。ってわたしが言えたことではないけど。でもわたしこんなに厳つい身体してな…いやいや。流石に失礼過ぎる。ごめんなさい名前も知らないお友達。わたしは困ってしまって苦笑いすることしか出来なかった。


「ゆ、ゆっくりしてね」

「えぇ、ありがとう」

「……」


お友達は何も言わず塩豆大福をむんずと掴むと豪快にかじりついた。わお、大胆。頬に木の実を詰め込んだ栗鼠みたいな顔をして咀嚼する彼女はなんだかちょっと異色で、面白かった。盆で顔を隠して笑いを堪える。すると友達さんが目を丸くしてわたしを見上げた。や、やばい。気付かれたかな。慌てて盆を下げて笑いかけた。


「美味しい?」


そう言った瞬間だった。友達さんの手から食べかけの塩豆大福がぼとりと落下した。思わず、わあっ!と悲鳴をあげてしまったけど友達さんは反応しない。口の中に色々詰まったままポカーンと固まっている。な、なんだろ。美味しくなかったのかな。わたし何か失礼なこと言ったのかな。助けを求めて隣の彼女を見つめる。彼女は彼女で驚いたような顔をして友達さんを凝視していた。それから楽しそうに唇と双眸を細めた。音を付けるならニヤリ、と。その妖艶とも言える顔をしたままわたしを見上げる。その異様な雰囲気にわたしはどきりと胸を詰まらせた。


「気にしないで。下がって頂いて結構ですよ」

「はぁ…」


気になりはしたけどわたしの手には負えないみたい。頭を下げて店の中に入った。

しばらくすると外で言い合いの喧嘩をする声がした。時々男の人の声がした気がしたけど、外を覗くとあのふたりしかいなくて、わたしは首をかしげるだけだった。
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