お友達だと思っていたの。それだけのひとだって。

忍術学園に通うようになって一月が過ぎた。文次郎さんとお友達になって一月。フミちゃんと全く会えなくなって、一月。文次郎さんのお話ではフミちゃんは元気だと聞いているけれど、やっぱり顔が見たい。声を聞いてお話がしたい。文次郎さんとお話をするのがつまらない訳じゃない、むしろとても楽しい。だけど、フミちゃんにも会いたい。三人でお話をしたらきっともっと楽しいはずだもの。文次郎さんの足に包帯を巻きながらこっそりと溜め息を吐き出した。伊作さんが委員会で忙しい時はこうしてわたしが巻いて差し上げるのである。その度文次郎さんが恥ずかしそうにするのがちょっと面白かったりしたりして。


「はい、おしまいです」

「ありがとうございます。いつも、申し訳ありません」

「わたしがしたくてしてるんです。さ、お茶にしましょ」


わたしが持ってきた塩豆大福と文次郎さんが淹れてくださったお茶でお話をする。これがいつものパターンだ。わたしがお客さんの話をしたり文次郎さんが学園のお話をしたり内容は日によって色々。文次郎さんのお話はほんとうに面白い。クラスの話に委員会の話、武器や術の話に先生の話、友達から後輩の話までたくさんある。わたしが一番印象に残ったのはホウロクヒヤという爆弾を使ってバレーをしたというお話。印象に残ったというか、ぞっとした。爆弾でバレーだなんてすごすぎる…。文次郎さんって身体ががっしりしてるもの、きっと凄まじいバレーをするんだろうなあ。


「三木ヱ門の火器好きには私も呆れる程で」

「三木ヱ門くんか…いつか会ってみたいなあ」

「………あ、会いたいと仰るなら、連れてきますが」

「え?いえ、そこまでしなくたって」


文次郎さんの顔が突然歪んでしまった。眉間に深い皺がくっきり刻まれている。気分を害してしまったのだろうか。でも、わたしは今、何かおかしなことを言ったのかな?心当たりがない。ただ三木ヱ門くんの話をしていただけなのに。…まさか三木ヱ門くんが原因なのかな。三木ヱ門くんの話をし出したらのは文次郎さんなのに。文次郎さんは不機嫌そうな、だけどどこか困ったような顔をして自分の湯飲みを睨み付けている。これは、うん。単刀直入に訊くのが早い。


「文次郎さん、わたしが三木ヱ門くんと会うのがそんなに嫌なんですか?」

「…はっ?い、いえ、そんなことは」

「じゃあどうして黙ってしまうんですか?」

「…それは」


やっぱり。理由は分からないけど文次郎さんはわたしと三木ヱ門くんが会うのが嫌なんだ。わたし、自慢じゃないけど接客業をやっているんだから、マナーはしっかりしてるんだけどな。三木ヱ門くんと会っても粗相したりしないけどな。塩豆大福をもちもちと食べながら文次郎さんを見つめる。文次郎さんは湯飲みに視線を落としたまま、小さく口を開いた。こぼれた声もやっぱり小さく、少しぎこちない。


「三木ヱ門は…その…」

「はい」

「顔が…綺麗、で」

「…え?」

「自分のことをアイドルと言うだけあって本当に綺麗な顔立ちをしていて、それで」


わたしが三木ヱ門くんと会うのと三木ヱ門くんの顔に何の繋がりがあるのかさっぱり分からないけど、文次郎さんが深刻な顔をしているから黙っておいた。


「…それに比べて、私は、見苦しくて、口下手で気の利いた洒落も言えず」

「…へ?」

「だから、あなたが三木ヱ門と会えば私が嫌になって…その…」


それから先はもごもごと小さくなってしまい何も聞き取れなかった。文次郎さんは俯いて黙り込んでいる。見える耳や項が、真っ赤だった。文次郎さんが言った言葉を頭の中で整理する。文次郎さんが言うには、三木ヱ門くんはアイドル並に顔が綺麗。きっとお話も上手。それに比べて文次郎さんは見目麗しく、とはいかず、お話もそんなに上手くない…ということ、かな。床に手をついて膝を進める。文次郎さんにじりじりと近付くと気付いた文次郎さんがバッと顔を上げた。わたしを映した文次郎さんの目がカッと見開く。


「それって、どういうことですか?」

「…あなたが、三木ヱ門を気に入って」

「ふむ」

「わ…私とはもう、会ってくださらなくなるのでは…と…思い、まして…」


ごにょごにょと小さくなる語尾をしっかり聞き取って、わたしは目をまんまるにした。それから、声に出して思いっきり笑った。失礼だとは思ったし文次郎さんが口をわなわなとわななかせていてまずいとも思ったんだけど我慢出来なかった。だって、だってそんな理由。身体を折って笑うだけ笑うと浮かんだ涙を手の甲で拭った。文次郎さんは顔を真っ赤にしたままわたしを凝視している。ああいけない、謝らなきゃ。笑ってごめんなさいって。ああでも。やっぱり。なんだろう。なんだか、おかしいや。


「文次郎さん」

「なっ…なん、ですか」

「どんなことがあってもわたし、文次郎さんと会わなくなることはないし、ましてや文次郎さんを嫌いになったりしません」

「…そっ…そう、です…か」

「文次郎さんは自分のことを見苦しいって言ったけど、そんなことないです。お話だってすごく面白いですし」

「は、はぁ…」

「顔とかそんなの関係無くて、文次郎さんは文次郎さんでしょう?」


思ったことをはっきり言うと文次郎さんはまた目を大きく見開いた。変なの。そんなことを気にするなんて。わたしは文次郎さんとお茶をする為に学園に通ってるのに他のひとを気に入る、なんて。文次郎さんって可愛い、なんちゃって。このひとはわたしが三木ヱ門くんにとられることが怖かったんだろうか。流石にこれは自惚れかな?笑いすぎて痛むお腹を撫でて文次郎さんを見つめる。文次郎さんは何か珍しいものを見るような目でわたしを見ていたけど、不意に視線を落として、身体をわたしの方へ向けた。顔は赤いままだったけど目が強い光を持っていて一瞬息が詰まる。雰囲気が、変わった。


「なまえ殿」

「は…はい?」

「…すみません。唐突なことを、言います」

「え?」

「私は」


何か言いたげに開いた薄い唇が、閉じる。ごくりと唾を飲み込む姿を見るとどうしてだか空気がぴんっと張りつめたような気がした。文次郎さんの膝で握り締められた手に力がこもる。強い光に捕まえられて目が逸らせない。なんだろう。こわい。文次郎さんの唇がまた開く。聞こえてきた声は、わたしの脳みそを掻き回すのには充分だった。


「私は────あなたが、好きです」


頭をがつんと殴られたみたいだった。それか、頭から水をかぶったような心地。とにかく、それくらいすごい衝撃だった。言われたことを頭の中で繰り返す。すき。スキ、好き?文次郎さんが、わたしを好き?どうして。なんで。好きっていうのは、そういう気持ちだ。これは美味しいから好き、だとかそういうものじゃない。それくらいわたしにも分かる。分かるから、声も出ないくらい驚いた。身体が丸ごと心臓になってしまったみたい。鼓動を打つ音以外何も聞こえない。どうして、なんで。すき、だなんて。

文次郎さんはわたしの目を見つめたまま動かない。わたしも、動けない。文次郎さんの顔を見つめて、筋肉のついた肩に視線を落として、最後に映ったのは折れた右足。

────ゾッとした。


「ごめんなさい」


口を突いて出たのは、その一言だけ。文次郎さんの目が揺れる。わたしは咄嗟に顔を伏せた。駄目。無理、だってわたし、駄目。こわい。怖い。

わたしは逃げるように文次郎さんの部屋を飛び出した。ヘムヘムちゃんが呼びに来る前に部屋を出たのは、これが初めてだった。
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