「骨折…」

「訓練中に綺麗にポッキリ。阿呆な奴ですよ」

「……」

「そ、そんな顔をしないで下さい」


だって痛そう。文次郎さんをじっと見つめたら顔を逸らされた。文次郎さんの足に包帯を巻く伊作さんがくすくすっと笑う。

ふんわり茶髪の彼は善法寺伊作さん。前に来た時トイレットペーパーをばらまいたひとだった。なんでも保健委員会の委員長というやつで、医学に長けているらしい。今包帯を替えていて、見学させて貰っている。くるくるするする、伊作さんの手際の良さにびっくりだ。


「はい、出来た」

「すまんな」

「そう思うなら安静にして早く治してよね。僕だって委員会の仕事があるんだから」

「あー、分かってる分かってる」

「あ、絶対分かってない!聞いて下さいよなまえさん!文次郎ってば骨折してるのにランニングしたりするんですよ!」

「えええ!」

「あ、ば、伊作てめぇ!」


こ、骨折してるのにランニング?骨折した足でランニングって出来るものなのかな。いや、絶対無茶してるんだ。文次郎さんを見る。文次郎さんは目を見開いて口を半開きにして固まっていた。骨折した足で走るって、そんなの、絶対痛い。でも文次郎さんは忍者の卵で、たくさん訓練しなきゃいけないから、休むことも出来ないんだ。忍者って大変。わたしみたいな田舎者じゃ、何一つ理解出来ないんだ。

瞬いたらじわり、視界が潤んだ。文次郎さんがビクッ!と肩を揺らす。


「な、ななななな…!?」

「へ?なまえさ…ええ!?」

「無茶はよくないです。フミちゃんだって骨折して、兄妹揃って何してるんですか」


なんか泣きそう。文次郎さんは口をぱくぱくさせていた。なんだか金魚みたい。隣にいる伊作さんも目を丸くしていたけど金魚状態の文次郎さんを見てブフッと吹き出していた。文次郎さんを見つめる。そんなつもりはないけど睨み付けてるような目付きになってしまった。でも文次郎さんは相変わらずあわあわしていて、ちょっと面白い。なんて言ったら怒られるよね。


「ああああの、じ、じじ自分はだだだ大丈夫ですので」

「…ほんとうですか?」

「は、はい」

「あ。フミちゃんの具合はどうですか?」

「フミ、は…元気です」


よかった。安心して頬がへにゃりと緩む。まったく、兄妹揃って骨折するなんて。確かフミちゃんも稽古中に怪我したんだよね。女の子なのに怪我なんて、お父様はびっくりなさったんだろうなあ。フミちゃん、文次郎さんみたいに包帯を巻いて家でじっとしているのかな。わたしははっとした。フミちゃんに大福持って来たらよかったのに。むむむと後悔していたら伊作さんが音も無く立ち上がった。


「じゃあ僕は行くよ。薬、煎じてる途中だったし」

「あぁ、忙しいのに済まなかったな」

「はいはい。なまえさん、ごゆっくりどうぞ」

「はい。ありがとうございます」


伊作さんはにこりとやわらかく笑って部屋を出て行った。栗色のふんわりした髪が女の子みたい。男の人なんだけど可愛らしいという言葉がぴったりのひとだ。いいなあ、わたしもあれくらい可愛らしさがあればいいのに。伊作さんがいなくなった部屋に静かさが残る。ふと、伊作さんが「薬、煎じてる途中だったし」って言ったのを思い出した。医学に長けていると聞いていたけど、まさかお薬まで自分で作ってるなんて。伊作さんってすごいひとなんだ。あれ?でも、もしかしたら忍者なら誰でも出来るものなのかな?文次郎さんを見る。文次郎さんもこっちを見ていたみたいでばちっと目があった。文次郎さんは一瞬、目を小さくさせて身体を揺らす。…わたし、何かしたのかな?


「文次郎さんもお薬を煎じたりするんですか?」

「いえ。…あぁ、簡単なものなら出来ますが伊作程ではありません。この学園で薬草に関しては、伊作に勝てる奴はいないでしょう」

「伊作さんってすごい方なんですね」

「奴は保健委員長ですから」

「保健委員長…」

「はい。この学園では九つの委員会があり、会計委員会、図書委員会、作法委員会、用具委員会、生物委員会、火薬委員会、体育委員会、学級委員長委員会、そして保健委員会に分かれています。一年生から六年生まで委員会に参加しており日々それぞれの活動をして」


つらつらと説明していた文次郎さんの言葉がピタッと止まる。視線がうろうろとさまよっていて、恐る恐るわたしと目を合わせた。眉間に皺を寄せて少し困ったような顔をしている。一体どうしたんだろう。わたし、何もしてないけど。文次郎さんは視線を落として、小さく口を開いた。


「済みません。つまらない話をぐだぐたと聞かせてしまって」

「え?いいえ、そんなことないです」

「し、しかし」

「お話してる文次郎さん、すごく楽しそう。学園が大好きなんですね」


ふふふと笑いながら言うと文次郎さんはじんわり赤くなって俯いた。だけどすぐに顔を上げて、しっかり頷いた。自分の暮らす場所が大好きなのはいいことだ。わたしも昔から山に暮らしてるけど、特別町に降りたいとは思わない。だって山が楽しいもの。四季折々に着替えて見せる山は飽きることがなくて、大好きだ。


「わたし、普段はずっと山にいてお喋りする相手なんか爺ちゃんくらいだから。文次郎さんのお話は新鮮でとても面白いです。文次郎さんはどの委員会なんですか?」

「わ…私は会計委員会の委員長をしておりまして」

「会計委員会?どんなことをするんですか?」

「主に帳簿計算ばかりですが、時には10キロの算盤を持ってマラソンをしたり…」


それから文次郎さんが話してくれたのはわたしが想像も出来ないことばかりで、ヘムヘムちゃんが来てしまうのがあっという間だって感じるくらい、時間を忘れて話をしていたのだった。
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