ひとりは、寂しかった。

出掛ける準備をして爺ちゃんと店を出た。今日は忍術学園へお届けに行く日。家にいたってつまらないし文次郎さんに会って、フミちゃんの様子を訊きたかった。そこでわたしは先日の仙子さんを思い出す。風のように現れて風のように去ったひと。仙子さんが何を言いたかったのかよく分からなかったけれど、それでいいんだとなんとなく思った。深く訊いてはいけないんだと思った。頭を振って考えるのをやめる。笠をしっかり被って、爺ちゃんと一緒に歩き出した。















「あ、こんにちはあ!」

「こんにちは、小松田さん」


忍術学園の門の前で小松田さんが掃除をしていた。わたしと爺ちゃんに気付いて花が咲いたように笑う。このひとの笑顔は温かいなあ。つられて笑ってしまうもの。入門表にサインをしてから門を潜る。相変わらずの珍しい光景に目が追い付かない。ここで忍者の勉強をするんだ。でも、ところで忍者の勉強って何をするんだろう。…全然思い浮かばない。うむうむ考えながら大川様の庵へ向かった。


「おぉ!しぶとく生きておったか」

「可愛い孫を置いて逝けんだろうて」

「そうかそうか、いや、安心したわい」

「心配かけた、すまんのう」

「良いのじゃ良いのじゃ。あぁなまえ殿、寛いでおくれ。今茶を淹れさせよう」

「あ、いいえ、わたしは」


大川様と爺ちゃんが和やかにお話をしているのを見て、わたしも和やか〜な気持ちになった。なんでだろ、お爺ちゃん同士の話ってなんか可愛く見える。大川様のお言葉に手と首を横に振った。振った後に少し固まって、大川様をじっと見つめた。


「大川様、わたし文次郎さんにお会いしたいんです」

「潮江文次郎に?」

「わたし文次郎さんの妹さんとお友達で、妹さんのお話がしたくて」

「はて、潮江に妹とな?」

「え?」


大川様が首をかしげて、わたしもつられるようにかしげた。何ですかその反応。大川様は考え込むように顎に手をやった。わたしは今何か、考えさせるようなことを言ったのかな?数秒固まって、何でもなかったようにわたしへ笑い掛ける。


「ヘムヘムに案内させよう。帰る頃にまた迎えに行かせるからゆっくりしてくるといい」

「あ、はい。ありがとうございます」


何でもなかったように笑い掛けられて、わたしも何でもなかったように返事をした。ヘムヘムちゃんが廊下から近付いて来てわたしの手を取る。この前ヘムヘムちゃんにお茶を入れて貰ってから少しだけ仲良くなった。最初は二足歩行する犬、って驚いたけど、今では可愛いお友達だ。ヘムヘムちゃんの肉球の感触をてのひらで感じながら、わたしは大川様の庵を離れた。

長くて静かな廊下を歩く。大川様の話だと上級生は午後から空き時間で暇を持て余しているらしい。訓練や勉強の復習をしている者もいるが今の潮江ならば部屋で大人しくしているだろう、って言ってた。『今の潮江ならば』のところはよく分からなかったけど頷いておいた。先を歩くヘムヘムちゃんが止まる。顔を上げれば札に『潮江文次郎・立花仙蔵』と書かれていた。


「ヘム!」

「ありがとう、ヘムヘムちゃん」


青い頭巾を被った頭を撫でると、ヘムヘムちゃんは嬉しそうに尻尾を振った。また後でね、と手を振る。名札をじっと見つめて深呼吸。中から人の声がする。盗み聞きするのはよくないよね。わたしは思い切って口を開いた。


「文次郎さん、なまえです」


部屋の中から突然静かになった。それにわたしは気付かず、もう一度声を掛ける。


「文次郎さん」

「入っていいですよ」


柔らかい声が返ってきた。でもこれ、文次郎さんの声じゃない。一応失礼しますと断りを入れてから襖を引いた。

まず目に映ったのは茶髪。ふんわりと柔らかそうな髪の毛だった。それから、奥に文次郎さんが机を背もたれにして足を投げ出して座っている。その文次郎さんの右足に、わたしは目を奪われた。


「……」

「…なまえ殿、どうしてここに」
「足どうしたんですか!?」


文次郎さんの右膝から下。右側と左側に、副え木がしてあった。これはどうして、なんで。これって骨が折れてるんじゃ…。文次郎さんは真っ青になっていて、隣にいた茶髪のひとは苦笑いしている。このひと、前に見た…あれ、誰だっけ。
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