久々のお使いにわくわくするなんて、なんだか子どもみたいだ。

爺ちゃんは一月に一回、お得意先に商品を届けに行っている。その日だけは店も午前だけにしていて午後はお休みなのだ。そして今日、爺ちゃんはお届けに行くはずだったのだけど。


「安静にしていてね」

「すまんのう」


爺ちゃんは昨日、あんこの入った壷を持ち上げた拍子にぎっくり腰になってしまったのだ。一日寝れば治る!と本人は言い張っているけど無理はさせられない。だから今日のお届けはわたしが行くことになった。

商品をしっかり持って地図を見つめる。山をひとつ越えたところに忍術学園というのがあって、そこにいる大川様という方がお得意先らしいけど…忍術学園ってなんだろう。ちょっと面白そうだ。笠をしっかり被ってわたしは歩き出したのだった。















ちょっと険しい山道を越えて、ぬめる坂道に苦戦しつつ商品を傾けないように頑張る。爺ちゃんっていつもこんな道を通ってたのか。そりゃいつまでも健康な訳だよ。わたしも見習わなきゃ。ずれた笠を被り直して足を動かす。急がなきゃ、お客さんを待たせる訳にはいかない。ようやくわたしは山道を抜けて表参道に出た。広くて平らな道にほうっと溜め息を漏らす。や、やった。よかった。やっと山道を抜けた。額に滲んだ汗を拭う。さて、もう一頑張りだ!

歩いて歩いて歩いて、そうしてやっとの思いで忍術学園に着いた。店を出たのが昼過ぎだったかな。空は橙色に変わりつつある。随分時間がかかっちゃったなあ。息もあがっちゃってるし。運動不足加減がよく分かる。これからは少し運動することを心掛けよう、と心の中で呟いて深呼吸をした。笠を外してから、大きな門を叩く。すると中から「はあい」とのんびりした声が返ってきてすぐ横の小さな扉がパカッと開いた。


「どちら様ですかぁ?」

「え…えっと、わたし、いつも大川様に茶菓子を届けている者の孫で、その…」


小さな扉から顔を覗かせたのは紺色の頭巾に装束を纏った青年だった。胸のところに『事務』と書かれている。栗色の髪と大きな目がどこか幼い印象を残していた。しどろもどろになりながら言葉を紡ぐと青年はちょっと首をかしげた後に「あぁ!」と声を張り上げた。


「あのいつものお爺さんのお孫さんですねえ、分かりました〜」

「は、はぁ…」

「お爺さんはどうしたんですかあ?」

「ちょっと腰を痛めてしまって、代わりにわたしが」

「そうだったんですねえ。では、こちらの入門表にサインをお願いします」


青年から出された紙に自分の名前を書く。青年は満足したように笑うと中に入るよう促した。恐る恐る門をくぐって、わたし目を見開いた。見たことのない大きな建物。綺麗な廊下、きな臭い匂い。何処かからきゃらきゃらと子ども特有の甲高い笑い声が聞こえてきた。すごい、ここが忍術学園?なんだか頭が追い付かない。呆然と突っ立っていたわたしを現実に引き戻したのはのんびりゆったりした声だった。


「なまえさん、ですね」

「…え、あ、はいっ」

「僕は小松田秀作です。よろしくお願いしますね」

「はい、よろしくお願いします」

「じゃあ学園長先生のところへご案内します」


こちらへどうぞ!と元気に言う小松田さんについ笑みがこぼれる。元気で明るいひとだなあ。忍術学園っていうからどんなところかと思っていたけど、危なくなさそうでよかった。小松田さんの背中について歩きながらきょろきょろと辺りを見渡す。時々小松田さんとは色違いの装束を着たひとがいた。ここのひとはみんなこの装束を着ているのかな。後で小松田さんに聞いてみよう。にしても、本当に高い建物だなあ。上を見ながら歩いていたわたしは前から近付く人影に気付かなかった。


「うわっ!?」

「きゃっ」


どさどさどさっ、と頭上から何か振ってきた。軽くて柔らかいもので、足元を見ると大量のトイレットペーパーが転がっていた。え?な、なにこれ。わたし何かしちゃった?ハッと気が付けば目の前にはトイレットペーパーを数個手にした男のひとがいて、わたしは目を丸くした。さっきの声、このひとだったのかも。わたしがぶつかっちゃってトイレットペーパーを落としちゃったのかも。わたしはサーッと青くなった。


「ごっ、ごめんなさい!」

「あ、いえ、注意してなかったこちらが悪いので…慣れてるし」

「あ、伊作くんに文次郎くんじゃない」


先を歩いていた小松田さんが小走りで戻って来てトイレットペーパーを拾い始めた。わたしも商品の入った風呂敷を近くの廊下に置いて慌てて拾い出す。すごい量だ。こんなにいっぱい抱えて歩いてたら前が見えなくて危険じゃないのかな。


「伊作くんは相変わらずだねえ」

「あははは…」

「文次郎くんは伊作くんのお手伝い?…文次郎くん?固まっちゃってどうしたの?」


どうやらわたしがぶつかった深緑の装束を着たひとは伊作さんというらしい。それから、気付かなかったけどもうひとりいるらしい。顔を上げて見れば伊作さんの後ろの方にトイレットペーパーを数個持つ、伊作さんと同じ装束を着た男のひとが立っていた。立っていた、というか、なんだろう。わたしを見て固まってるみたい。このひとが文次郎さん?わたしと視線がぶつかると文次郎さんはびくりと肩を揺らした。わたしは、ほとんど無意識に口を開いた。


「────フミちゃん」


文次郎さんはトイレットペーパーを投げ捨てて、走り去って行った。
- ナノ -