目が覚めた。なんだかすごく、寝覚めがよかった。なんだろう、身体が軽い。身体を起こしてみるとリジィはまだ眠ってた。リジィはナースの中で誰よりも早起きなのに、随分早く起きたらしい。なんとなく不思議な気持ちになりながらベッドから離れる。そのまま部屋を出た。

空はまだ暗くてうっすらと星が顔を見せていた。真夜中に見るのとはまた違う姿の空についほうっと溜め息をつく。空を見上げたまま船首の方へ足を進めた。いつもは騒がしいモビーも、今は静かだ。みんな寝てるのかな。海と風の音しかしない。まるで世界であたしひとりみたい。変なの。あたしは今、こんなに満たされているのに。


(…違う)


少し、胸に違和感。空から視線を外して自分の手を見つめる。マルコさんに比べると小さな手。だけどここに来てから、少し荒れてきた手。マメが出来たし傷も出来た。あたしが戦い方を教わったからこうなった。じゃあ、こうなる前のあたしの手は?シャーペンを持って、ノートをとって、ただ普通に生きていたあたしの手は、どんな手だった?


(…思い出せない)


分からない。手を握り締めて船首まで全力で駆け抜けた。船首から辺りを見渡す。暗い海が広がるだけ。あたしの乱れた呼吸音が響くだけの空間が、ひどく寂しかった。

違和感、違和感、違和感。いつの間にかここにいることが当たり前になっていて忘れてしまっていたこと。思い出さないままだった方がある意味幸せだったのかも知れない。だけど、忘れられない。忘れられる訳が無い。だってそれは、あたしが生きてきた世界。あたしが生きる為に関わってきた人が、支えてくれた人が、沢山いる。


「…お父さん、お母さん、兄ちゃん」


今、何をしてるんだろう。全く分からない。三人別々に暮らしてるのかも知れない。だって兄ちゃんって年上の彼女いたし。でももしかしたらお父さんとお母さんは仲直りして、三人で仲良く暮らしてるのかも知れない。でもあたしには分からない。だって今、傍にいない。連絡もとれない。満たされているのに、どうしても引っ掛かるのは、それだった。

お父さん達に会いたい、帰りたいとは、思う。

だけど、ここから離れたくないのも事実。

どうしたらいいんだろう、なんて考えない。迷うなんて失礼だもん。お父さん達にも、マルコさん達にも。だからあたしは、決めなきゃいけない。いつまでも違和感に苛まれてる訳にはいかないのだ。

不思議なくらい冴えた頭を撫でるように髪を掻き上げた。冷たい風が頬を滑る。


「────あたし」


離れたくねェって言われたあの言葉を思い出す。悪かったと言ってあたしを抱き締めたマルコさん。生きた心地がしなかったと言ったマルコさん。あたしを好きになってくれたマルコさん。勿論あたしもマルコさんが好きだ。大好きだ。離れたくなんかない。こんなに誰かに執着したのは初めてだから、離したくない。ずっと傍にいたい。海賊だという彼らの傍にいるのは一般人のあたしからしたら自殺行為に近いんだろう。でもやっぱり、離れたくなんかない。だからこそあたしも銃を持った。刺青をいれた。死ぬような目に遇ったとしても、血が繋がってなくても『家族』でいたいから。

だから。


「幸せに、なるから」


あたし、そっちには、帰らない。


誰も聞いていないのは分かっていたけど、はっきり言葉にすると、少し胸が重くなった。もしかしたら将来あたしは、この決断を後悔することがあるかも知れない。泣いて帰りたいと喚くかも知れない。


(それくらいは、受けとめて下さいね)


少しずつ明らんできた空を見上げると自然に笑えてきて、ちょっとだけ涙がこぼれた。
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