瞼を透かして光が射し込んでくる。眩しい。ああ朝か。反射的にぱっと目を開けて、映ったのは肌色。…え?ひとの、はだ?

思わず叫びそうになって、ぐっと飲み込んだ。あ、危ない危ない。忘れてた。そうだよ、あたし昨日、マルコさんと寝たんだった。ね、寝たって言うのはね、睡眠的な意味でね。別にそんな変な意味じゃなくてね。自分に言い訳をしながらそっと視線を上げてみる。マルコさん、まだ寝てるのかな。しかし上げた視線の先には、気だるそうにこっちを見つめる目があって。


「……ひいっ!」

「なんで悲鳴なんだよい」

「び、びっくりした…まさか起きてると思わなくて」

「今さっき起きたんだ。起こすのも悪ィと思ってよ」

「…おはようございます」

「あァ、おはよう」


ぼそぼそっと朝の挨拶をすればマルコさんは目を細めて笑った。うわ、ちょっと、その顔反則ですよ。なんだか照れ臭くって逃げるように身体をよじると、シャツが少しだけめくれてしまった。鎖骨が全開になってついうわあっと悲鳴をあげる。あ、あたしシャツ一枚だった…!てゆうかこれ早くマルコさんに返さなきゃ。リジィの部屋行って着替えよう。身体を起こそうとしたら、マルコさんにぐっと肩を押さえ付けられた。あたしの肩を押さえ付けたまま、マルコさんは身体を起こしてあたしを見下ろしている。視線はあたしの顔じゃない。…胸?の、辺りみたい。


「…マルコさん?」

「…動くな」

「えっ…、ちょッ!」


何を思ったのか、マルコさんは両手であたしの着ているシャツの襟を掴んだ。そしてそのまま左右に開こうとするもんだからあたしは慌ててマルコさんの手を押さえた。ま、待っ、何考えてんのマルコさんってば!あたしこの下何も着てないんだよ!はっ、裸なんだよ!パンツだって穿いてないんだよ!それなのに…!


「何考えてるんですか!あっ、朝ですよ!」

「お前の薄っぺらい身体見たって何もならねェから手ェ離せよい」

「そ、それはそれで悲しい…じゃなくて!嫌です!」

「下は見ない、見るのは胸だけだ」

「なっ…な、なななんで!」

「五秒でいい。絶対に何もしねェ。頼む」

「た、頼むって…」

「目、閉じてろい」


マルコさんの手に力がこもるのが分かった。うわああああもう意味分かんない、なんでこんな明るいうちからこんな、こんな。マルコさんも男だったのだ…。で、でも絶対に何もしないって言ってるんだしあたし達ってこっここここいびとなんだから見るくらい…!うん!よし!意を決してマルコさんから手を離す。それと同時に目をぎゅっと瞑った。

冷たい外気がそっと胸を滑った。み、見られてるんだろうか。考えるだけで頭が爆発しそう。いつまでこうしてればいいのかな。恥ずかしくてしねる。強く瞑りすぎて瞼が痛んだ時、すっと身体に何かが被さった。恐る恐る目を開けるとタオルケットが映り、被さったものの正体はこれだと分かった。マルコさんはあたしの上から退くとベッドに胡座をかいた。その表情は、どこか嬉しそうである。…な、殴っていいだろうか。いいはずだろう。


「歯ァ食いしばれ…」

「刺青」

「刺青?」

「おれと同じとこにいれたのかい」

「…あ」


タオルケットの上から胸元を押さえる。さっき身体をよじった時に見えたのかな。そっか。そう言えばそうだった。あたしが刺青をいれたことはナースと親父しか知らない。マルコさんにだって教えてなかった。

マルコさんと同じ場所に、同じ色で、同じ大きさで、刺青をいれたのだ。

マルコさんは横になったままのあたしのおでこをそっと撫でた。穏やかな光を持つ双眸に胸が詰まる。マルコさんの手、大きい。あったかい。安心する。


「昨日お前の身体が戻った時もちらっと見えてたんだが、やっぱりそうだったか」

「み、見えてたならわざわざ確認しなくたって」

「いいだろい、胸くらい」

「いくない!」

「いつ入れたんだい?」

「え?確か、前の島にいた時の夜にこっそりいれました。びっくりさせたくて」

「そっか。似合ってる」

「…マルコさん」

「ん?」

「なんか、優しいですね」

「おれはいつだって優しいだろうがよい」

「あはは、それ自分で言っちゃいますか」


でも、確かにそうだ。マルコさんはいつだって何処だって優しかった。気持ちが繋がってからは、更に優しくなったというか、甘くなった気がするんだけど。これは自惚れていいよね?だって恋人だもんね。マルコさんはあたしのかっ、彼氏なんだもん。…なんか照れる。マルコさんの手から逃げるようにタオルケットに潜る。それから、ベッドから抜け出した。取り敢えず着替えよう。こんな格好じゃ何も出来ないし。


「マルコさん、あたし着替えて来ますね」

「おれも食堂に行くよい」

「…その格好で?」

「バーカ」


マルコさんはニヤリと笑ってタンスから黒いシャツを取り出すとひらりと腕を通した。馬鹿って言わなくてもいいんじゃないだろうか。ベッドから降りてあたしの隣に立つ。一緒に来てくれるのかな。にしても、お腹空いたな。サッチの朝ご飯楽しみだ。幸せいっぱいのままドアノブに手をかけた。朝の空気が気持ちいい────はずだった。


「のわあっ!」

「ぶへっ!」

「ぎゃっ!」

「むぎっ!」

「…………え?」


ドアを開けた途端、雪崩れ込む男が四人。上からサッチ、エース、イゾウさん、ハルタさん、の順である。あたしとマルコさんはお互い顔を合わせた。それから同時に足元に倒れ込んだままの四人を見つめる。四人はあたし達を見上げてヘヘッと乾いた声を漏らした。…もしかしなくてもこれは、アレだ。覗かれていたか聞かれていたか、どっちもか、だ。サッチとエースだけならまだしも、イゾウさんにハルタさんまで。怒りと恥ずかしさが一気に込み上げた。怒鳴ってやろうと口を開いた瞬間、隣にいたマルコさんが、ゴッ!と。


「わあ!待て待てマルコ!おれ達は心配して来たんだよ!いちゃついてんのかなーって期待してた訳じゃねェんだって!」

「そしたら案の定マルコはなまえを剥い」

「バカエース!ち、違うんだマルコ!サッチの言う通り本当に心配してたんだ!」

「なまえも分かってくれるよな!」

「さァ?」

「なまえ〜!つうかお前いい格好してんな…彼シャツってやつ」


言葉が終わる前に、サッチはマルコさんに凄まじい勢いで蹴り飛ばされた。サッチは見事な弧を描いて海へと落ちていく。ザッパーン、と水柱が立つ音がすると、三人の顔がみるみるうちに青ざめていった。うっわあ、これはどうしよう。あたしも怖くなってきたよ。マルコさんは全身から青い炎を放出する。表情は読めなかったけど、怒っているのは火を見るよりも明らかだった。


「に…逃げるぞ!」

「合点!」

「ちょっ待、ギャアアア!」


逃げ遅れたハルタさんの頭がマルコさんの右手によって鷲掴みされた。ミシミシ聞こえる。かなり痛そう、ってゆうかかなり怖い。障らぬ神に祟りなし。あたしはその場をそっと去ることにした。

リジィの部屋に向かう途中エースとイゾウさんの悲鳴が聞こえた。時々クルーの笑う声がする。マルコさん、暴れてるなあ。なんだか笑えてきてつい吹き出した。やっぱりモビーは楽しいな。幸せってきっとこんなことをいうんだろう、とか。昨日から幸せについて語りすぎだろと思いながら、リジィの部屋のドアをノックした。
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