「…わ、わわわわわわわ!」


一体何なのか、幼女化していたあたしの身体は瞬く間に大人の姿に戻っていた。着ていたワンピースは毎度のことながらビリビリに破れて本来の役目を果たしてくれない。つまりあたしは丸裸である。マルコさんが驚いたように目を見開いていた。でも隠す布なんか無い。慌てて両肩を抱き込むようにして身体を縮込めた。なっ、なんでこのタイミングで…!どうしたあたしの身体!マルコさんの後ろの方で隊長達がどよっと騒ぐのが分かった。ワアアアア男人口多い!さっきまでのシリアスな雰囲気返せあたしの身体!肩越しに振り返ればリジィが駆けて来てるのが見えた。リジィ、と口を開く前に、突然肩に何かをふわっと掛けられた。はっと見ればマルコさんは上半身裸であたしはあの派手なシャツを着ていて、マルコさんがシャツを着せてくれたことを理解した。


「あ…ありがとうございま、わァ!」


動揺しつつ一応しっかりお礼を言うとマルコさんは何を思ったのか、何の前触れもなくあたしを抱き上げた。また後ろの方でみんながざわつき始める。な、なに、これ。もうワケが分からない。すぐ近くにマルコさんの顔があるし肌が密着してるしで頭が爆発しそうだった。ど、どうなってるのこれ。なんなのこれ。ふと視界に映った親父は楽しそうに笑っていた。マルコさんはあたしを抱き上げたままくるりと方向転換する。部屋の出口へと向かって歩き出して、必然的にあたしも隊長達と顔を合わせることになる。エースもサッチもよく顔文字であるみたいな感じのポカーンとした顔をしていた。


「────おれの部屋に近付くなよい」


低く、低く。そう吐き捨てると、マルコさんは親父の部屋を後にした。




















マルコさんは自分の部屋に入ると、あたしをそっとベッドの上に降ろした。シャツの前をしっかりと押さえつつじりじりとマルコさんと距離を取る。マルコさんは気にする素振りもなく枕元のランプを着けた。部屋が少し照らされて、マルコさんと目が合う。だけどそこに会話は無い。廊下を歩いてる時だって何もなかった。気まずいだけの時間が過ぎていく。堪えきれなくて顔を逸らすと、マルコさんはあたしのすぐ近くに腰を降ろした。


「…悪かった」

「…え」

「…何がっつうか…全部、ほんとに、すまねェ」


マルコさんは混乱してるのか言葉が上手くまとまらないみたいだった。ただ謝らなきゃいけないってことが先走ってる。あたしが船から消えてしまったことにひどく責任を感じてるみたいだ。右手で自分の額を押さえて視線を落とすマルコさんは弱々しくて、こんなマルコさん初めて見るなあなんて思った。なんて返せばいいのか分からなくてあたしは黙り込んでしまった。


「…それでなんだが、よい」

「…はい?」

「気付いたことが、ある」


気付いたことって、なんだろう。マルコさんは右手を下ろすと、そのままあたしとの距離を詰めた。急に縮まった距離にびっくりして下がろうとすれば手を掴まれる。逃げないでくれと目が語っていた。その行動にも目にもびっくりしたけど、何よりマルコさんの手の熱いことに一番びっくりした。軽く汗ばんでる。な、なんだろ。どうしたんだろう。


「お前が消えての生活は、生きた心地がしなかった」

「……」

「…それでおれは、おれの中で、お前がどれだけでかかったのかを、痛いくらい思い知った」


どき、と心臓が跳ねた。それって一体どういうことなんだろう。掴まれた手に痛いくらいの力がこもる。マルコさんの目に映るあたしは、恥ずかしいくらい『女の顔』になっていた。駄目、期待したら、辛くなるのはあたしだ。駄目だ、いけない、駄目なのに、胸が騒ぐ。満たされていく。目尻が熱くなる。視界が歪む。マルコさんが軽く目を見張った。だけどすぐ無表情に戻って、困った顔になって、ほどけてくみたいに穏やかに笑った。掴まれていた手が離れてそっとあたしのこめかみに触れる。親指が恐る恐るといった風にあたしの目尻を、違う、涙を拭った。


「遅くなってすまねェ」

「っ、マルコさ」

「好きだよ」


マルコさんの目が優し気に細くなる。聞こえた言葉に身体の芯がびくりと震えた。なんとなく期待してしまっていたことがくっきりと形を作る。胸にすっぽりと空いていた隙間に、それはぴったりとはまる。それ以外では埋められなかった穴が綺麗に埋まった。満たされていく、満たされていく、溢れていく。シャンクスの船で我慢していたものが、壊れたようにこぼれてしまう。声が出ない。上手く息が出来ない。

こんなにくるしい幸せって、初めてだ。


「おれはお前が、好きだ」


確認するように繰り返された言葉に、あたしは大きく頷いた。その拍子に涙が膝にぼろぼろと滴る。あたしもですって言いたいのに声が出ない。頑張れあたし、伝えなきゃ。震える口を頑張って開いた。


「…あた、しも」

「…知ってるよい」

「あたしも、マルコさんが」

「あァ」

「っす、うぇぇえっ…!」

「…色気のねェ泣き方だ」


うるさいですよ、と言おうとした口は、逞しい胸板で塞がれた。マルコさんの手がぎゅうとあたしを抱き締める。嬉し泣きなんかするガラじゃないのに涙が止まらなかった。これは夢じゃないのかな、って思う。夢じゃないなら、いいのかなって思う。あたし、こんな幸せでいいのかな。こんなに嬉しくて嬉しくて楽しくて、ああそっか、幸せってこういうことなんだ。マルコさんってこんなにあったかかったっけ。素直に重心をマルコさんへ傾ける。マルコさんがふっと笑うのを耳の横で聞いた。


「ほんとにごめんな。もう死んでも言わねェ、許してくれよい」

「…最初っから怒ってないです」

「…赤髪に感謝しねェといけねェな」

「明日一緒にお礼言いに行きましょ」

「そうだなァ…」

「…マ、マルコさん」

「ん?」

「あの、これちょっと、おかしい、ですよ」

「何がだよい」


何がって。そう反論する前に、あたしはマルコさんの胸に倒れ込んでいた。あたしを抱き締めたまま徐々に徐々に後ろへと身体を倒していたマルコさん。そうなると必然的にあたしはマルコさんの上に被さることになってしまって、つまりちょっと、これはまずいだろ。は、恥ずかしすぎるだろ。マルコさんはあたしを隣へ寝かすとまるで抱き枕みたく腕を絡めた。ちょっと、待っ、な、なにこれ。マルコさん上は裸のままだしあたしシャツ一枚だし、これは、やばいんじゃないのかな。その、だって、ほら。恐る恐る顔を上げる。マルコさんはあたしの視線を受けとめると、ぶっと吹き出した。


「誓って何もしねェから、寝ろよい」

「ね、寝れないですよ…」

「眠ィんだよい。おめェがいなくなってからまともに眠れてねェ」

「え」

「今日は…よく、眠れそうだよい」


マルコさんはあたしを抱き締めたまま、ゆっくりと瞼を閉じてしまった。眠たかったんだ。夜は飛び回ってるって、サッチ言ってたし。…どうしよう。嬉しすぎて心臓がどくどくしてて、とてもじゃないけど寝れないよ。マルコさんの腕を枕にして身体の力を抜く。眠気は全然無かったけど目を閉じた。ほんとにもう、幸せ。それしかない。顔がにやけてしまう。あたし、マルコさんがほんっとに好きだ。男の人に抱かれて夜を過ごすのは初めてだけど、それがマルコさんでよかったなあ、なんて。恥ずかしくてリジィにも言えないや。

マルコさんの腕の中で見た夢で曖昧でふにゃふにゃしていたけど、ただひたすらにあったかかった。
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