「こんな時分にわざわざ来やがって…よっぽどいい酒持って来たんだろうなァ」

「酒は無いが、お前にとっての宝を持って来たよ」

「あァ?」


シャンクスがその場にしゃがむと必然的にあたしの足は床についた。出て行きづらいけど、出て行くしかない。シャンクスからそっと離れてマントから顔を出す。ランプの着いた部屋の奥に親父がいて、あたしを見た途端目を見開いた。ああ親父だ。でっかいなあ。何故だか妙に冷静に、呑気に思った。シャンクスに背中を押されて一歩前に出る。もう一歩、一歩、一歩出ると、カランッと乾いた音が響いた。親父の少し後ろにカルテが転がっている。視線を上げていくとナースの格好をしたブロンドレディーが、泣きそうな顔であたしを見ていた。


「…なまえ!」


ブーツを鳴らしながら駆け寄って来たリジィは、やっぱり泣きそうな声であたしの名前を呼んだ。両手を広げていれば簡単に抱き上げられて相も変わらず豊満な胸に抱き締められる。ふわっと薔薇の香りに包まれた。ああリジィだ。リジィの匂いだ。なんだか嬉しくなってリジィの首に抱き着いた。リジィは小さく、だけど確かに震えている。あたしがいなくなって心配してくれたのかな。リジィがこんな風に取り乱すところ、初めて見た。申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちが入り交じる。あたしは何も言えなかった。


「宝は届けた。おれは退散するよ」

「あっ、シャンクス」

「今夜は寝るから会えたらまた明日な」


シャンクスは手をひらひら振って廊下へと消えて行った。ずっと船を動かしてくれてたんだもんね、みんな眠たいよね。朝会えたらみんなにちゃんとお礼を言わなきゃな。

震えたままのリジィの頬を、そっと叩いた。リジィが顔を上げる。涙こそこぼれないもののリジィの目は潤みきっていて、不謹慎だとは思いながら少し笑ってしまった。


「リジィ、へんなかお」

「…あなた、また子どもに…いえそれより、自分の世界に帰ったのではなかったの?」

「うん。あたしもよくわからないけど…きがついたら、シャンクスのふねにいたの」

「…私、もうなまえに会えないのだと思って…っ」

「しんぱいかけてごめんね。おやじも」


リジィから親父へ視線を映すと、親父はとても穏やかな目をしていた。温かくて優しい目。心が落ち着く。リジィに床に降ろして貰って、あたしは駆け足で親父に近寄った。大人の状態で見てもでっかいんだもん。幼女状態で見る親父は同じ人間なのかと疑ってしまうくらい巨大である。こんな人があたしの父親だなんて、人生って何が起こるか分かったもんじゃない。


「ごめんなさい。しんぱいかけて」

「グララララ、全くだぜ。…無事でよかった」

「シャンクスがしんせつにしてくれたからね、なにもこわいことはなかったよ」

「それでもだ。もう二度と、勝手に消えたりするんじゃねェ。おめェはおれの娘なんだからな」


消えたくて消えた訳じゃないのに。内心そう呟いて、身体が一気に冷えた。消えたのは、消えてしまった理由はそれは。────考えたくない。俯いてきつく目を閉じた。今思い出したら、泣きそうになる。駄目だ、今ここで泣く訳にはいかない。強く歯噛みすると、不意に頭にとんっと軽い衝撃が落ちた。反射的に顔を上げればすぐ近くに親父の掌がある。今のは親父の指があたしの頭をつついた、のだろうか。頭を押さえて親父を見上げる。親父は穏やかな顔をしていたけど、なんだか目が鋭くなっていたような気がした。


「それで…誰だ?」

「…な、なにが?」

「おめェが赤髪小僧の船に逃げちまった理由は、どのアホンダラだ?」

「!」


目を見張る。それに合わせるみたく、心臓がばくばくと暴れ出した。親父は、きっともう分かってるんだ。あたしがなんで消えてしまったのか。この三日間モビーで何があったのかあたしは知らないけど、あたしがいなくなったことで何らかの騒ぎになったはずだから。それを親父が知らない訳がない。親父はあたしが消えてしまった理由を知りながら、その理由が『誰』なのかを訊いてるんだ。


「どうしたなまえ。言えねェのか?」

「ちが、あ、あたしがわるいの!」

「…おれは誰も悪いなんざ言ってねェ。だがよ、娘が家から逃げちまうくらい傷付いたんだ。それを黙ってろって言うのか?」

「でも、ふねをおりたいっておもったのはほんとうで」


ハッと息が詰まった。親父の顔から笑みが消える。しまった、これは言ってはいけないことだった。親父の手が伸びてくる。叩かれる。咄嗟にそう思って目を閉じたあたしの頭に、またとんっと、優しい衝撃が落ちた。


「…おめェにそう思わせたアホンダラは、誰だ」


どうしよう、なんて言ったらいいんだろう。もう言葉が出ない。目をきつく閉じた時だった。親父の部屋の入口から、たくさんの男達が雪崩れ込んで来た。




















マルコside


暗い空を浮遊しながらふと船に視線を落とすと、いつの間にか隣にレッド・フォース号が停まっていた。気付かなかった。赤髪が来ているのか。しかし甲板をよく見てみれば隊長達の姿が無い。若い奴らばかりだ。一体何が起きているのか。向かった方がいいのか。向かうべき、なんだろう。本来ならば。…今は無心で飛んでいたいのだけれど、仕方無い。降りようと旋回した瞬間、ガァアンッという激しい音と共に凄まじい衝撃が胸を貫いた。驚いて動きが止まる。痛みはなく、胸に出来た空洞はすぐに炎が埋めてくれた。視線をモビーに向ける。銃口をこちらに向けたイゾウがいて、撃たれたのだと分かった。分かったが、なんという男だ。いくらおれが死なないとは言え実弾を撃ってくるとは。少し複雑な気持ちでいるとなんとイゾウはもう一発撃ってきた。それはおれの顔にぶち込まれる。こいつはおれを殺す気か。


「聞こえるかマルコ!てめェ今すぐ降りて来やがれ!!」


辺り一帯に響いた、怒声に近い声。イゾウがこんな風に声を張り上げるのは珍しいことだ。まさか、と頭に最悪の状況がよぎる。まさか親父の身に何かあったのだろうか。欠けた顔が再生すると同時に急降下する。

スピードを緩めないまま甲板に着地してイゾウに近付けば、イゾウは突然おれの襟を掴み上げた。おれはイゾウの剣幕に圧されて文句のひとつも言えなかった。


「赤髪の言ったことが本当なら、てめェは今すぐ船長室に行くべきだ」

「…親父に何かあったのか」

「違う。帰って来たんだよ」

「……は」

「行けよ。後悔したくねェなら、覚悟を決めて行け!」


突き放されるように襟を離されて、呆然と佇んだ。かえって、きた。かえってきた。帰って来た?誰が。もしかして、まさか、それは。

考えるより早く、おれは船長室へと走り出した。
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