突然腕を離されたのと、地面が消えて尻餅をつくのと、金髪がまたギャアッと悲鳴をあげるのは、同時だった。
なに、何が、起きたの。ぱっと顔を上げると顔を押さえた金髪とそれを支える鼻ピアスが映った。的であるあたしが消えたことで金髪を撃ってしまったんだろう。でも、違和感。いくらあたしが座っているとは言え距離があるし視界が広い。頭が重たい。この感覚に、かなり覚えがある。まさかと思いながら自分の身体を見下ろした。短い足に腕。むちむちした手。まんまるなお腹に平らな胸。短くなった髪が頬を撫でる。そりゃ確かに身体が縮めば逃げられたりするかなー、なんて思っちゃったけど。
まさか、嘘でしょ。
「…また、ちぢんだ…!」
あたしの身体はいつぞやの時のように、再び幼女化していた。自分の手を見つめて半ば呆然と呟く。…自分の身体なのに訳が分からない。気分が悪い訳じゃないから大丈夫なんだろうけど。しかし、この状況を完全に打破した訳じゃない。金髪と鼻ピアスは目を見開きながらあたしを凝視している。
「こ、こいつ、ガキになりやがった…」
「まさか能力者か!?」
「え、えへ」
「…構いやしねェ!ぶん殴ってやる!」
「えええええ!」
こっ、この金髪最低!子どもをぶん殴ってやるとか有り得ない!逃げようともがけばさっきまで自分が着ていたシャツの裾を踏んづけて転んでしまった。やべ、これ動きにくい。金髪がじりじりと近付いて来る。今度こそ万事休すだと覚悟したその時だった。後ずさるあたしの背中に、何かがぶつかった。
「なァ兄ちゃん達、こいつが何かしちまったのかい?」
「…シャンクス!」
ぶつかった何かは、なんとシャンクスの足だった。思わず名前を叫べばシャンクスは人当たりのいい笑みを浮かべたまま脱げてしまったシャツやズボンごとあたしを抱き上げてくれた。よ、よかった。助かった。思わずシャンクスの腕にしがみつく。突然現れたシャンクスに男達は怯んでいるみたいだった。
「すまんな、こいつお転婆なんだ。まあガキのしたことだし許してくれないか?」
「…なっ、何言ってんだよ!そいつさっきまで」
「おォそうか!ありがとな、それじゃ」
「話を聞けェ!」
さっさとその場を離れようとしたシャンクスの頭を、鼻ピアスが鷲掴んだ。鼻ピアスはシャンクスよりも頭ひとつ分背が高く、挑発の意味もあったんだろう。わざとらしくシャンクスの頭を左右に揺らしている。シャンクスは何も言わない。抵抗もしない。ただひとつ変わったのは、顔から笑みが消えたことだった。背筋に冷たいものが走る。シャンクスの無表情を、初めて見た。金髪と鼻ピアスは気付いてるのか否かニヤニヤと笑ったままだった。なんで笑ってられるんだろう。シャンクス、こんなに怖いのに。
鼻ピアスが手を離す。すると巻いていたバンダナが緩んで、はらりと地面に落ちた。隠されていた真紅の髪が出店の灯りに照らされる。まるで燃えてるみたいだと思った。ニヤニヤと笑っていた男達の顔が、一気に青ざめる。
「…ひっ、左目の三本傷に、赤髪…!」
「まさか、赤髪の…!」
「────うん」
その場の空気に全くそぐわない抑揚で、シャンクスは一言こぼした。金髪と鼻ピアスはビクッと肩を揺らしている。やっと気付いたんだ。今対峙している男が『赤髪のシャンクス』だって。シャンクスの腕をぎゅうっと掴む。シャンクスはあたしに視線を落とすと、いつもみたいにニカッと笑った。
「それじゃ」
そう言ってシャンクスがその場を離れると、もう誰も引き留めたりしなかった。
「シャンクスありがと!」
「大の男ふたりに喧嘩を売るなんて、無茶をするなァ」
「だっ、だって」
「話は近くにいた奴に聞いたよ。白ひげだろ?」
「うん」
「なら許す。…にしても、また縮んだんだな」
船の甲板にて。真っ白いワンピース(民家に干してあったのを拝借しました。ごめんなさい)を着たあたしを膝に乗せたシャンクスはへらっと笑った。さっきのあの怖い感じは全然無い。なんか、夢だったのかなって思ってしまう。シャンクスってすごいや。もう一度シャンクスにありがとうとしっかり頭を下げた。シャンクスは笑ってあたしの頭をぽんぽんと撫でた。シャンクスの手はあったかい。優しい。
じわり、胸の中にぬくもりが広がる。それはじわりじわりと全身に染み渡って、何故だか行き場のない心細さを生んだ。
「…シャンクス」
「ん?」
「…わがままいっていい?」
「おれの船に乗ってるうちはお前も仲間だ。何でも言ってくれ」
ぽんぽん、ぽんぽん。シャンクスの手がリズミカルに頭を撫でる。その優しさに甘えてしまうのは、幼女化したからだって言い訳をしてもいいだろうか。
「…モビーに、かえりたい」
ぽつりと漏れた言葉が自分の耳に届くと、溜め息に似たものが口からこぼれた。
さっき男達が親父を馬鹿にした時あたしは本当に悔しかった。それと同時に本当に情けなくなった。あたしは親父のことが好き。大好き。それなのに、なんで今傍にいないんだろう。自分の都合で勝手に船を出てしまったのがひどく情けなくて、馬鹿馬鹿しく思えた。親父は親父、あたしのお父さんだ。家族なのに傍にいないなんておかしい。家出なんて親不孝者過ぎる。あたしはほんと馬鹿だ。ああもう、早く割り切らなきゃいけなかったのに。親父の傍にいなきゃ。モビーに帰らなきゃ。あたしの家はあそこしかないんだから。
シャンクスは、やっぱり笑っていた。
「分かった」
「…えっ?い、いいの?」
「おれが夕方、電伝虫で誰と話してたか教えてやろうか」
夕方?そう言えばシャンクス、誰かと話してたっけ。思わぬあっさりとした返事にキョトンとするあたしを余所に、シャンクスはいたずらっぽく笑った。
「リジィだよ。近いうちに船にお邪魔しますって白ひげに伝えてくれってな」
「………え!」
「お前が一緒にいることは話してないがな」
「…な、なんでそんなれんらく、したの?」
「ん?お前がこの祭りで、白ひげが恋しくなって帰りたいって言い出すんじゃないかと思って」
「……」
なんかもう、声が出ない。シャンクスってすごい。ぽかんとするあたしの頬をシャンクスがちょんっとつついた。
「過程は違ったが結果は同じだ。安心しろ、この船はすぐモビーに向かう」