「近いうちにお邪魔するって伝えてくれ。ん?近いうちは近いうちだ。お前達が遠くに行かなければ明日か明後日…少なくとも五日以内には会うだろう。…ああ悪いな、頼んだ。それじゃあ」
「シャンクスー、島だよ、降りないの?」
「おぉ、丁度今出ようとしてたところだ」
「そう?…今、誰かと話してなかった?」
「電伝虫でちょっとな」
「ふーん」
シャンクスの部屋の入口から電伝虫を眺めた。相手は別に気にならなかった。
昨日ヤソップさんの言ってた通り、次の日になると船は島に着いた。夕方くらいに着いたんだけど赤髪海賊団にとって久々の島だったらしく、みんなすごくはしゃいでいた。うん。せっかくの島なんだ。今だけは全部忘れて楽しんでしまおう。素直にそう思える自分に少しだけ安心した。船番としてベンさんと数人のクルーが残り、あたしはシャンクスと一緒に行動することになった。シャンクス曰くお前に何かあったら白ひげに合わせる顔がねェからならしい。まああたしとしてもシャンクスと一緒なら安心だからいいや。オレンジ色に染まる中、あたしとシャンクスは島の中心へと向かった。これまたヤソップさんの言ってた通り祭りがあってるらしく出店がずらっと並んでいる。なんか夏祭りみたい。これは面白そうだ。
「なんか食いたいものはあるか?」
「えっ?いいの!?」
「当たり前だろう」
「じゃあわたあめ!」
「ケバブもあるな」
「じゃあそれも!」
「…腹減ってんのか?」
「何言ってんの、お祭りなんだから食べなきゃでしょ」
「はは、そうかそうか」
「…そう言えば、なんでバンダナ巻いてんの?」
シャンクスは何故だか真っ黒なバンダナを巻いていた。その所為でトレードマークとも言える赤い髪が隠れてしまっている。勿体無い。あたしシャンクスの髪、結構好きなんだけどな。シャンクスは目を丸くした後、バンダナに触りながら苦笑した。
「おれはちょっと有名だからな」
「…あぁ、なるほど」
そっか。シャンクスは『赤髪』の名前が知られ過ぎているんだ。だから赤い髪が裏目に出てるんだろう。白ひげで言えば刺青と同じことなんだろうな。見れば逃げられるか喧嘩を売られる。だから隠す。…なんか芸能人みたい。そんな人が今、あたしの分のわたあめを買っているだなんてとんだ笑い話である。シャンクスから手渡されたわたあめに噛み付く。わたあめを食べるなんていつ振りだろう。子どもの頃はよく食べてたっけ。うん、美味しい美味しい。楽しい。
「シャンクス、次はたこ焼き食べたい」
「おれも食いたい。探してみるか」
「うん」
シャンクスは片手にケバブを持って、そのままふたりで出店を回った。
「あ、射的だって。したい」
「悪ィ、おれちょっとそこで酒買ってくるからひとりで行っててくれ」
「うん、分かった」
しばらく回った頃、シャンクスが酒を買いたいと言うので、あたし達はそこから別行動をすることになった。とは言えシャンクスが酒を求めて入った酒屋と射的の出店はそんなに距離はない。シャンクスから適当なお金を貰ってあたしは意気揚々と出店に近付いた。んっふっふ!銃の使い方に慣れたからね、ちょっと自信があるよ。的の中に可愛いウサギのぬいぐるみを見付けた。よしあれ取ろう。
「おじちゃん、一回」
「はいよ!お嬢ちゃんに取れるかねェ」
「取るもーん」
取らなきゃ銃を教えてくれたイゾウさんに失礼だ。渡されたライフル型の模型銃をしっかりと構える。銃は色んなタイプを撃たされたからね、ライフルだって問題ない。正直ライフルは慣れてないけど本物じゃないんだし反動も弱いはずだ。指定された線から出ないように注意しつつ、ぬいぐるみに狙いを定めた時だった。
「いッて…畜生、まだ痛みやがる…」
「全くだぜ…昼間のあれ、火拳のエースだろ」
────不意に聞こえた声に、動きが止まった。
反射的に振り返る。少し離れたところにガラの悪い金髪と同じくガラの悪い鼻ピアスが立っていた。射的の順番待ちだろうか。ふたりとも口の端が切れていたり痣を作っていたり服が薄汚れていたり、一目で喧嘩をしたのだと理解した。それより今、こいつら、火拳のエースって、言った?
「肩ァぶつけて来たのは向こうのくせによ、機嫌が悪ィのか知らねェがすぐにぶちギレやがって…」
「確かに機嫌悪そうだったな…おれらにゃ関係ねェだろ。白ひげのガキは躾がなってねェ」
ぷつ。頭の中で何かが切れかけたような音がした。
「白ひげっつうのも病気で弱ったジジイなんだろ?」
「あぁ。海賊はすぐにでかい顔をするから腹が立つぜ」
「病人なら病人らしく大人しくして、そのままさっさとくたばっちまえばいいんだよ」
ぷつんッ。頭の中で綺麗に、鮮明に音が響く。例えるならそれは糸が切れる音に似ていた。人はそれを、『堪忍袋の緒』と呼ぶ。ゲラゲラと下品に笑う男達にライフルを向けるのと射的のおじちゃんがびっくりしたような声を漏らすのはほぼ同時。
「ギャアッ!」
「て、てめェ!いきなり何しやがんだ!」
迷いも躊躇いもない。あたしは金髪の鼻先に狙いを定めてそのままトリガーを引いた。コルクで出来た弾が金髪の鼻に命中する。隣にいた鼻ピアスがぎょっとしたように目を見開いて驚いていた。射的のおじちゃんがあたしを止める声を無視して男達に近付く。無視をしていると言うよりは、今のあたしには何も聞こえていなかった。だって有り得ないもん。こいつら親父のこと、くたばっちまえばいいとか言いやがった。エースのことも馬鹿にした。…まあ話を聞く限りエースが悪いみたいだけど。てゆうかエースこの島にいるのかな。まあ、いいや。今は。
「白ひげを馬鹿にすんな」
「あァ!?」
「謝れ!」
「何言ってんだてめェ…ふざけてんじゃねェぞ!」
「謝れ!!!」
「うおっ!?」
頭に血が昇るっていうのはこういうことなんだろう。カッカして苛々して、ただこいつらを許せない気持ちでいっぱいだった。腕を伸ばしてライフルを構える。今度は鼻ピアスに向かってぶっ放した。周りにいた人達が騒ぎ始める。悲鳴をあげる女の人もいればもっとやれと囃し立てる男の人もいた。周りなんかどうでもいい。こいつらは絶対に許せない。親父のことを悪く言う奴なんか許さない。誰だってそうだ。父親を馬鹿にされて、許せる子どもなんかいない。
だってそれは、家族なんだから。
「っわァ!」
「…ッの、クソアマ…!」
突然後ろから羽交い締めにされて声をあげる。び、びっくりした。肩越しに見ればそいつはさっきの金髪ヤローで、鼻血を流している。畜生、気付かなかった。いつの間に後ろに。全力で暴れてみたけど金髪は少したじろぐだけで離してくれそうになかった。そうこうしているうちにじりじりと近付いて来た鼻ピアスからライフルを奪われた。あたしは完全丸腰の無防備スタイルを晒すことになる。ちょっと待っ、こ、これはまずい。冷水をぶちまけられた如くあたしの頭は一気に冷静になった。
「食らった分だけ、きっちりその可愛いお顔に返してやるぜ」
「……!」
ライフルの銃口があたしの顔に向けられる。額から冷や汗が吹き出した。模型銃だから死ぬことはないとしても、これは絶対痛い。痛くない訳がない。もう一度腕に力を込めてみたけどやっぱり動かなかった。やばい、ほんとにやばい。鼻ピアスがニィ、と気味の悪い笑みを浮かべる。
今ここで身体が縮めば逃げられたりするかな。有り得ないことを頭の隅で思った時、鼻ピアスの指がトリガーにかけられた。