赤髪海賊団のご飯はすごく美味しかった。白ひげ海賊団にだって負けないくらい騒がしかった。けど、まあ、サッチのご飯が恋しい。なんちって。帰りたいと思う気持ちより帰りたくないって拗ねたような気持ちが勝ってるうちはまだまだ帰れない。こんな気持ちで帰ったって何の解決にもならないんだから。だから、早く気持ちの整理をつけなきゃ。もう終わったんだ、って。それでも何もしていないと頭によぎるのはあのパイナップルばかりで。食堂でひとりぽつんと、嫌になるなあ、なんて思っていた時だった。
クルーの皆さんがぞろぞろと入って来て、質問責めにあったのは。
「白ひげにこんなクルーがいたとはなァ」
「嬢ちゃんはあのナイスバディなナースとは知り合いなのか?」
「馬鹿野郎てめェ鼻の下伸びてんぞ!」
「だァってよ〜!なあ、誰でもいいからスリーサイズ教えてくれよ!」
「なまえちゃん無視しな。こいつアホなんだ」
「それより嬢ちゃんはナースじゃねェってことは…まさか戦闘員なのか?」
「サポート役ってとこか…若ェのにすげェな」
「どうだい、おれと勝負するかい?」
「やめとけやめとけ、万が一怪我させちまったら親父さんがおっかねェぞ」
「げっ、そうだった」
「なァ嬢ちゃんよォ、歌は好きか?」
「海賊は歌うんだぜ!」
「一曲どうだ?」
「それとも踊るか」
「食うか?」
「飲むか?」
「…スミマセン、最初カラモウ一度オ願イシマス」
凄まじい質問責めにかろうじて返せたのはそれだった。クルーの皆さんはすまねェだのナンだのとゲラゲラ笑っている。こうして改めて見ると平均年齢が高いような…白ひげ海賊団にはエースとかナースがいるからかな。ナースと言えば、この船に女の人はいないみたい。海賊船ってそんなものかな?未だゲラゲラ笑う皆さんを眺めながらふとそんなことを思ったりした。
「おい、何の騒ぎだ」
「やっべ副船長!」
「おれ洗濯終わらせてねェんだった!」
「おれも!」
ドアが開いて『副船長』が顔を覗かせると、クルーの皆さんは弾けるように食堂を飛び出して行った。平均年齢は高めだけど雰囲気は白ひげとそんなに変わらないみたい。ドタバタと出て行くクルーの背中を眺めて副船長────ベンさんはふうっと紫煙を吐き出した。
「悪いな、騒がしくしちまって」
「賑やかで楽しいですよ」
「ならよかった」
ベンさんはこの船の副船長。見た目はちょーっと怖いけどすごく優しいジェントルマンだ。…ジェントルマンは言い過ぎたかも知れないけど、でも優しい。他にもヤソップさんとかルウさんとか屈強な海の男がたくさんいる。みんな騒がしくて騒がしくて、面白い。悩んでるのが馬鹿みたいに思えてくる。せっかく船に乗せてもらってるんだもん。暗い顔はやめなきゃ。ふとベンさんを見れば、ベンさんはドアに手を掛けたままじっとあたしを見つめていた。な、なんだろ。
「お前、戦闘員なのか?」
「戦闘員というか…自分の身を守れる程度くらいです。逃げ足が速いとか」
なんちって。けらけらと笑ってみせるとベンさんは何度か瞬いた。いやね、逃げ足には自信があるんだよね。ハルタさんのリアル鬼ごっこでみっちり鍛えてもらったんだから。でもみんなと一緒に戦えるのかって言うと、それは無理だと思う。きっと足手まといになっちゃうし。
「獲物は?」
「獲物?」
「武器だよ」
「あ、銃です」
「銃か…」
ベンさんは顎に手を当てて何か考えるような仕草をした。口にしている煙草から灰が散る。…掃除って誰がするんだろう。掃除くらいなら、あたしがお手伝いしようかな。居候してるんだからそれくらいしないとな。
「よし、行くか」
「…へ?」
「ずっと籠ってりゃ萎えるだけだ。少し身体を動かしてみろ、すっきりするぞ」
「………え?」
考え込んでいたあたしの思考を切り裂き、ベンさんはニッと笑った。
甲板に出たあたしはベンさんからゴム弾が入った銃を借りて、ただひたすら的を撃ち続けた。撃ち過ぎて腕や肩が痛くなったけど手を止めることはなかった。弾が無くなればリロードを繰り返す。予備の弾が本当に空になってから、あたしはやっと撃つのをやめた。びりびり痺れる手を見つめる。なんだろ。なんか、自分で思ってるより、苛々してるのかな。考え込んじゃってんのかな。あー、ちょっとだけすっきりしたかも。撃ってる間は何も考えなくて済んだからちょっと楽だった。ハアア、と盛大な息を吐き出す。すると、突然甲板にパチパチと拍手の音が響いた。顔を上げれば、少し離れたところにベンさんとヤソップさんがいた。
「嬢ちゃんすげェな。狙撃手だったのか」
「そげ…?えと、はぁ」
「しかしそんな無茶な撃ち方をしてりゃ肘をやるぜ?」
「あ、あはは…」
「すっきり出来たのか?」
「はい、ちょっとだけ」
ベンさんの言葉にへらっと笑って返した。ヤソップさんの言う通り肘が少し痛くなっていたけど多分大丈夫。ベンさんに銃を返してこめかみを流れた汗を拭った。
「…完全に吹っ切れた、って顔じゃねェな」
「あ、あは、あははは…」
「妻子持ちだがおれに惚れてみるか?」
「白ひげと火拳から殺されるぞ」
「う、そいつは怖ェ…まあ元気出せ。明日は島に着く予定だ。なんでも祭りがあってるらしいぜ」
「わ、楽しそう」
ヤソップさんはあたしと目を合わせるとけらけら笑った。ベンさんも笑ってた。だからあたしも笑った。いいなあこういうの。面白い。楽しい。ここがモビーで、相手がエースやサッチだったら、きっともっと。手を握り締める。イゾウさんはあたしのこと、心配してくれているかな。ハルタさんは寂しいとか思ってくれてるのかな。心配も迷惑もかけたくない。あと少し、あと少しで踏ん切りがつく。帰るって、思えるようにならなきゃ。
明日は島に着く。いい気晴らしになるといいな。