マルコside


エースに殴られた。殴ることはよくあっても殴られるのは初めてだった。エースは覇気使いだからダメージを丸々受けて、顔が真紫に腫れた。痛い。口の中、血の味がする。気持ち悪ィ。

一晩経った。なまえは、見付からない。リジィが泣いていると誰かが話していた。居心地の悪さに吐き気がする。自分の船にいて居心地が悪いなんかおかしな話だ。部屋に籠ってベッドに倒れ込む。誰かに会えば睨まれるわ文句を言われるわで堪ったもんじゃない。誰にも会わない。会えなくていい。少なくとも今は。痛む頬を枕に擦り付けた。このままシーツに沈んでいきたかった。転がってみると、がつっと頭に硬度のあるものがぶつかる。何だと思って伸ばした手に触れたのは、なまえが落としたと思われるあの包みだった。


(…中に、何が…)


人のものだとは思いながら何故だか妙に興味を惹かれた。重いし硬いし、何なのか気になる。身体を起こして包みを開いた。丁寧なリボンを解いて包装紙を開いていく。三重ほどになった包装紙の中から現れたのはチェーンだった。…なんだこれ。ただのチェーンに見えるが、これをどうするのか。武器にするには造りが甘い。よく見れば両端に留め具があった。…さっぱり分からねェ。自虐的になるつもりはないが年を食ったおれが最近の若い奴らの考えなんか分かる訳がない。これは誰かに訊くべきだろう。まだまだ険悪な雰囲気だが仕方無い。あいつなら分かるはずだ。


「で、おれんとこ来たのか」

「……」

「いい判断さ。座れ、コーヒー淹れる」


包みを片手に食堂へ行けばサッチはくすくすと笑った。追い返される覚悟をしていただけに少し拍子抜けする。言われるがままにテーブルに着けばすぐにコーヒーが差し出された。向かいにサッチが座り、包みを取る。適当に包みなおした包装紙を開いてチェーンを見て、目を丸くした。


「こりゃ、ウォレットチェーンだな」

「ウォレット?財布に付けるのかい?」

「まあそれも外れちゃいねェが…腰につけるだけでも最近はお洒落らしいぜ。つけてみろよ」

「…おれが?」

「当然だろ。それはなまえがお前に買ったもんだ」


────そう、だったのか。じゃあなまえはこれをおれに渡す為に持ってきてたのだろうか。でもこんなものいつの間に。前に島に寄ったのは一月近く前だったはずだ。そんな前から、ずっと持っていたのか。サッチから手渡されて半ば呆然と受け取る。立ち上がって手探り状態で腰につけた。分厚いその重量感は、すぐ足に馴染んだ。ウォレットチェーンというものは初めて知ったがこれが男物だということはすぐに分かった。


「お、似合うじゃないの」

「…なんでだい」

「ん?」

「なんであいつは、こんなことをする」


意味が分からない。おれはあいつを突き放した。酷いことをした。それなのになんで。気分が滅入っていく。情けなくて惨めになっていく。あんな小娘ひとりに、おれはこうも悩まされる。椅子に座って溜め息を吐き出した。サッチが淹れてくれたコーヒーを一口喉に流す。ひどく苦く感じて顔をしかめた。


「…それはよォ、お返しなんだと」

「…『お返し』?」

「おめェ、なまえにバンダナやったろ?そのお返しだとさ。好きだからとかそんなんじゃなくて、お世話になったお礼だと」


おかしな奴だよなァ。サッチはけらけら笑った。確かにおかしい奴だと思ったが、おれは笑うことが出来なかった。

船を降りろと言ったのは、紛れもない本心。本当になまえが目障りだった。視界にいれる度心臓が騒いで、鬱陶しかった。親父の薬を壊した時もそうだ。あいつが許せなくて、そういうことをして欲しくなくて、いつもより辛く当たった。エースといる時。ハルタといる時。サッチといる時。イゾウといる時。苛々してヒヤヒヤして。ひとりでいる時も色々考えていて、嫌になる。そんな自分が堪えられなかった。だから、今なまえがいなくなったのはおれにとって好都合。そのはず、なのに。

後悔しているのは、誰だ。


「…なまえは、自分の世界に帰っちまったのかな」

「……」

「お前がいいならいいけどよォ…お前、明らかに落ち込んでるじゃねェか」

「…言うな」

「失ってから気付くってか。そりゃ古いぜ、マルコ」


コーヒーを飲んだ。味が、分からなかった。
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