知らない匂いがする。臭い訳じゃない。なんだろう、お酒の匂いかな。大人の男、みたいな匂い。ちょっと安心しちゃうんだけどあたしって変態なのかな。枕に頬を擦り付けてなんとなく目を開けた。すると目の前に、シャンクスがいた。固まったのは数秒間。すぐに、あーそっか、と思った。あたしってばシャンクスの船に居候?することになったんだ。寝る場所はおれのベッドを使えと言われて勿論断ったけど、シャンクスが女をソファーに寝かせる訳にはいかないとさっさとソファーに横になってしまったから、お言葉に甘えてベッドに寝かせて貰ったのだった。そっか、さっきの匂いってシャンクスだったんだ。にしてもシャンクス、ほんとに髪が真っ赤。綺麗だなあ。シャンクスがふうっと寝息をこぼす。それが前髪を揺らして、あたしは再び固まった。待って。シャンクスは、ソファーで寝なかったっけ?

なんで一緒に寝てるの?


「…ッッッ!」


ドッシーン、と鈍い音を立てながらあたしはベッドから落っこちた。その衝撃で完全に覚醒する。打ち付けた背中と頭が痛むけどそれどころじゃない。なっ、なんでシャンクスが同じベッドで寝てるんだよ。慌てて格好を確認してしっかり洋服を着ていることにほっとする。何もされてはいない、みたい。ててててゆうかなんで…!昨日ソファーで寝たはず!ばくばくと心臓が暴れて考えがまとまらない。シャンクスの寝顔を凝視しているとシャンクスは僅かに顔をしかめた。ゆるゆると瞼を持ち上げて、あたしを視界に映す。あたしはまるで蛇に睨まれた蛙の如く、ぴくりとも動けなかった。


「…もう起きてんのか」

「はっ…い、起きてます…」

「…こっち来い」

「え…あ、ああ、うん…」


ちょいちょいと手招きをされて、恐る恐る近付く。まだ心臓が騒いでいたけどなんとなく逆らえなかった。四つん這いのまま近付いてベッドに手をつくと、シャンクスに手首を掴まれて、そのままぐいっと。

気が付いたら、あたしはシャンクスの上に覆い被さっていて。シャンクスの片足があたしのふくらはぎに絡み付く。シャンクスの左手はあたしの背中に添えられているし、シャンクスはまた目を閉じたし、しんぞうがくちからとびでそう、だ、よ。


「みゃああああああああ!」

「うおっ」


我慢パラメーターが一回転するくらいの勢いで振り切れたあたしは奇声を発しながら自ら床へダイブした。流石にそれにはびっくりしたのかシャンクスが跳ね起きる。あたしはダイブした状態のままでゼエゼエと荒い呼吸を繰り返した。


「…なまえ、どうした?」

「あっ、アホか!変態か!」

「遠慮して早起きしてるならまだ寝ていいぞってことだったんだが…」

「あんたが一緒に寝てるからびっくりして目が覚めたんだよ!」

「…あ、悪い。ソファーじゃ寝れなかったんだ」

「〜〜〜〜っ!」

「おいお頭、朝っぱらからうるせェぞ」


なんなんだこいつ!息も出来ないくらいぐぬぐぬと唸っていたら、突然部屋のドアが開いた。朝の眩しい光が射し込んでくる。それを遮るように立つのは…逆光で顔が見えない。誰だろう?体格と格好と声からして男の人なんだろうけど。ぱっとシャンクスを見れば、シャンクスはけらけらと笑っていた。


「叫んだのはおれじゃない、こいつだ」

「お頭が叫ばせるようなことしたんだろ。嬢ちゃん大丈夫か?」

「えっあ、は、はぁ」


一歩、男の人が部屋に踏み込んだ。徐々に輪郭が見えてくる。ドレッドヘアーに、渋い容貌。どことなく人当たりのいい笑みを浮かべていた。


「聞いたよ。白ひげんとこの嬢ちゃんなんだってな」

「は、はい。初めまして」

「おう初めまして。ヤソップってんだ、よろしくな」

「なまえです、お世話になります」

「…なんかむず痒いな」


敬語慣れしてねェからかな、と呟いてヤソップさんは頭をガシガシと掻いた。笑い方がなんとなく、あたたかそうな人である。人柄的な意味で。ヤソップさんはシャンクスの頭をぺちんと叩いてから部屋を出て行った。何度も何度も確認するけど、ここってほんとにシャンクスの船なんだよね。あたしの知らない人がたくさんいる海賊船。さっき、白ひげの嬢ちゃんって言われた。そうだ。あたしは、白ひげ海賊団。親父の娘だ。いつまでもシャンクスに世話になる訳にもいかない。早く立ち直らなきゃ。


「よく眠れたか?」

「あ、うん。思ったよりもよく…目覚めが最悪だっただけで」

「お前が寝てからみんなにお前のことを知らせたんだが、戻ってきたらどうしてもベッドで寝たくなってな」

「…じゃあ今度からあたしソファーで寝るね」

「なんでだ?一緒に寝たらいいじゃないか」

「嫁入り前の娘がそんなこと出来ません」


きっぱりと言えばシャンクスはまたけらけらと笑った。よく笑う人だな、シャンクスって。なんだかつられて笑っちゃうかも。ついくすっと吹き出せばシャンクスは欠伸をこぼして身体を伸ばした。ベッドから離れてコキコキと首を回している。


「飯だ。お前のところのコックに敵うか分からんが、旨いぞ」

「わ、楽しみ!」

「…その前に顔洗うか。目、腫れてる」


言われて、はっとして目を隠した。シャンクスは笑っていたようだけどそのままあたしの腕を掴んで歩き出した。そうだよね、あたしこの船のこと知らないし、案内して貰わなきゃ。でも顔を上げることが出来ない。手をどかすことが出来ない。何も今言わなくたっていいんじゃないかな。…あれだけ泣けば腫れもするか。気付けないあたしがアホなんだ。

見慣れない廊下を歩きながら、不意に思い出した。そう言えばあたし、ウォレットチェーン、どうしちゃったんだろう。落としちゃったのかな。もう持ってても意味がないけど、あの人を想って買ったものだ。持っていたかった、なんて。そんなのストーカー染みてるのかな。
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