船を降りたいと思った。消えたいと思った。本当に、思ってしまった。あんなに好きなのに、こんなに苦しいのに、離れてしまった。それがあたしに辛く当たる。すごく後悔して息が出来ない。あの時どうにかして死ぬ気で謝っていれば、よかったのかも知れない。でも耐えられなかった。船から降りろってことは、顔も見たくないってこと。同じ船に乗りたくないってこと。あたしのことが、嫌いだってこと。それを好きな人に真正面から叩き付けられて、平気でいられる女なんかいない。
何にしろ、あたしは今シャンクスの船にいる。それは間違いない。空は暗いままで、モビーにいた時と時間に差は無いことが分かった。よく分からないけど空間だけを飛んできてしまったらしい。空から落ちてきたり幼女化したり空間を飛び越えたり、我ながら不思議な身体をしてる。
「落ち着いたか?」
「…いきなり泣いてごめんなさい」
「いいさ。ほら飲め、水だ」
「ありがと」
まだまだ涙目の涙声だったけど何とか落ち着いたあたしは、シャンクスの部屋だと思われるところへ案内された。親父よりは小さい部屋だ。って当たり前か。親父とシャンクスじゃサイズが違う。身長的な意味で。受け取った水を一口飲み込めば自然と溜め息がこぼれた。ふっと身体の力が抜けて腰掛けたソファーに深く沈む。あー、泣きすぎた。恥ずかしいというより気怠さが残っている。人前であんなにひっくひっく泣いたのは初めてかも知れない。ちらりとシャンクスに視線を向ければシャンクスはニッと笑った。
「大丈夫なら話を聞きたいんだが、どうだ?」
「ん、大丈夫。話せる」
「じゃあまず、マルコと何があった?」
マルコ、と。その名前を耳にすると背筋がゾッとした。思い出したくもないあの瞬間がフラッシュバックする。手渡されたコップをぎゅっと握り締めた。
「喧嘩したのか?」
「……」
「お前達、あんなに仲が良かったじゃないか」
「…笑わないでね」
「うん?」
「あたしね、マルコさんが」
すきなの。
思ったより小さく、だけど大きく響いた。言葉にしてみると実感する。あたしは本当に、マルコさんが好きだ。だから今こんなにへこんでしまっている。好きだ、やっぱり。嫌われたからって急に諦められるような、そんは半端な恋をしてたつもりはない。…でも、まあ、もう破れてしまったんだけど。鼻の奥がツンと痛んで、慌てて顔を伏せた。駄目だ、涙が出る。下唇をぐっと噛み締めた。
「けど、船を降りろって言われてさ、消えてしまいたいって思ったら、ここにいたの」
「…そうだったのか」
「ごめんねシャンクス」
「謝ることはないだろう」
「でも、ごめん。あたし、なんでここに来たのか分からないし、それに…」
「…それに?」
「…今は、帰りたくない」
違う、帰れないの間違いだ。あたしは帰れない。あの場所を黙って出てきてしまったんだ、親父にだって合わせる顔がない。それに、もう、マルコさんとは会えない。会っちゃいけない。そう思った。そう思ったら胸がぎゅうっと締め付けられるみたいに息が詰まったけど、気付かないフリをした。
「…つまり、家出か?」
「…まあそんな感じ」
「別におれの船にいても構いはしないが…お前の親父はおっかないからなァ」
「否定は出来ないけど…」
「…どうせ他にあてなんか無いんだろう、好きなだけここにいればいいさ」
「い、いいの?」
「ただし」
軽く身体を屈めたシャンクスは少し睨むような顔付きであたしを見つめた。その迫力に気圧されてついつい背筋が伸びる。そうだ、シャンクスも海賊で、しかも船長なんだった。いつもにこにこしていたから忘れていた。シャンクスはしばらくあたしを見つめると、急に咲いたようにぱっと笑った。
「もう泣くな」
「…え」
「おれの船じゃ女の涙はタブーなんだ。だからもう泣いちゃいけない」
「…ごめんなさい」
「謝るのも駄目だ」
「……」
「なんだ、知らないのか?何かをしてもらったらお礼を言うもんだぞ」
ほらほら、とシャンクスは軽く首を傾けた。その様子がなんだかおかしくて、あたしはふっと吹き出した。そうだよね。いつまでも落ち込んでる訳にはいかないよね。あたしはきちんと座り直してシャンクスと真っ直ぐ向き合った。
「ありがとうシャンクス。お世話になります」
「あぁ、よろしくな」
割り切らなきゃ。もう終わったんだ、って。