「なまえちゃんご飯ですよ〜」

「今食べれない…」

「じゃあいつ食べんだ?もう22時、飯の時間はとっくに過ぎてる」

「…だって」

「いいから食えよ。お前が飯を食わないからってマルコが笑いかけてくれる訳じゃないんだぜ」


それは、そうだ。サッチの言う通りだ。あたしは渋々ベッドから這い出てサッチと向き合った。サッチの手にはオムライスと水が載ったお盆。ものすごく美味しそうなのに、不思議と食べたい気はしなかった。エースの様子を訊くと普段通りにご飯を食べていたらしい。…まあ、うん。エースらしいよね。でもあたしは、そうはいかない。好きな人にあんな風に怒鳴られて本当にショックだった。親父の薬を滅茶苦茶にしてしまったのも情けなく思う。あれから何度も謝って、親父は最初から怒りもしないで笑って許してくれたけど、もし謝って済まないことになってたら。そう思うと自分の仕出かしたことの大きさを知って本気でゾッとした。食欲なんか出る訳ない。何も食べれない。けど。


「食えよ。冷める」

「…うん。いただきます」

「マルコ、心配してたぜ」

「ぶッ」

「汚ね!」


水を含んだ瞬間出て来た名前に吹き出した。息が詰まって激しく咳き込む。な、なんだと。でもそんな訳ないじゃん、あんなに怒っていたんだから。でもサッチは穏やかな顔をしていて、嘘をついてるようには見えない。サッチはあたしの隣に座って足を組み、ニッと笑った。


「言い過ぎたってよ。反省してた」

「反省って…悪いのはあたしなのに」

「お前に悪気があった訳じゃねェのは親父もマルコ自身も分かってんだ。マルコもなァ、ピリピリしちまってついあんな言い方になったんだろうよ」

「ピリピリ?」

「まァそれは気にすんな。マルコもろくに飯食わねェでよ、部屋にいるぜ」

「……」

「飯食ったら行ってみろ」


頷くことは出来なかった。返事をすることもなくもぐもぐと口を動かす。だって会いたくないもん。怖いし気まずいし。今顔見たら泣くし。あ、やばい。思い出しただけでも泣ける。目頭がじんわり熱くなってきて顔をしかめた。くそ、泣きたくない。サッチのご飯旨い。妙な沈黙のままひたすらむしゃむしゃしていたら突然ゴンッと硬度のあるもので頭を叩かれた。あんまり噛まなかったチキンライスの塊が一瞬だけ食道を通せんぼする。慌てて水で押し流して、荒い呼吸のまま殴った犯人であるサッチを睨み付けて、目を見開いた。


「これ。いつ渡すのよ」

「…ちょ、そ、それ!触らないでよ!」

「あーらゴメン。で?いつ渡すのよ?」


硬度のあるそれは、マルコさんへのプレゼントであるウォレットチェーン。チェーンってのは鉄で出来ていてものすごく硬い。そんなもので頭を叩くなんてこのクソリーゼント。じゃなくて。ニヤニヤニヤニヤといやらしい感じの笑みを浮かべるサッチからプレゼントの包みを奪い取った。そのまま胸に抱き込んでサッチの視線から顔を逸らす。


「…今は渡せないよ」

「なんで?」

「今渡したらなんか…ご機嫌取りみたいじゃん」

「あー、まあねェ」

「…許して貰ったら渡す…多分」

「ぷっ、じゃあ早く許して貰わねェと」

「…そうだよね…早く許して貰わなきゃ」


ウォレットチェーンを見つめて、何度か瞬く。許して貰わないとマルコさんとはずっと気まずいままだ。それは、ほんとうに辛い。同じ船で生活してるんだもん、気まずくなれば周りにも迷惑をかける。許して貰わなきゃ。うん。スプーンをぎゅっと握り締めてガチャガチャ言わせながらオムライスをかっ込んだ。サッチがけらけら笑っていたけどこの際気にしない。皿を空にして水を一気に飲み干す。ぶはっ!と親父臭い呼吸音を吐き出してサッチを見つめた。


「…サッチ、いつもありがとうね」

「…あ?何が?」

「なんかいつも、サッチには助けて貰ってる気がするから、その」

「あっは〜ん、おれに惚れちまった訳だな?」

「何それつまんない」

「…ま、そのことは気にすんな」


サッチの大きな手があたしの頭をぽんぽん叩いた。サッチはいっつもそう。いつもいつもあたしの背中を押してくれる。どうしても躊躇ってしまう始めの一歩を、確かに踏み込ませてくれる。今もこうやってご飯を持ってきてくれて、また背中を押してくれる。サッチには感謝感謝だ。


「お前が立ち直れないくらいへこんで帰ってきたら、おれが全身全霊で慰めてやるよ」

「へっ、余計なお世話です」

「ん。じゃあ、行ってこい」


空になった皿をサッチに押し付ける。ウォレットチェーンを片手にベッドからひょいっと飛び降りた。部屋の出口まで来て、振り返る。サッチは笑ったまま首をかしげた。


「…ほんとにありがとう。あたし、頑張るね」




















「…いい女だねェ」

「あら、まさか惚れてしまいました?」

「おれの好みはスーパーグラマラス姉ちゃんなの。リジィちゃんみたいな」

「まあ、ふふ。私は簡単には落とせませんよ」

「だよなァ…てゆうか、どこから聞いてたの?」

「サッチ隊長が部屋に入った時からです」

「やっぱ最初からか。誰かいるたァ思ってたんだわ」

「私は妹を見守っていただけですよ」
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -