自室。と言っても、リジィの部屋に居候してるから、あたしの部屋とは言えない。リジィの部屋は広くてあたしのベッドが入ってもまだ余裕はあるし、あたし専用の棚やタンスがあるくらいに大きな部屋だ。その棚の上に、包みが置いてある。もう少しで一月は経つけど包みがこの棚を離れることはなく、せいぜいベッドの上であたしが眺めるくらい。


「…渡すタイミング、分かんないや」


前に買っていたマルコさんへのウォレットチェーン。食堂での盗み聞きの一件からマルコさんとあまり話さなくなった。正確には、マルコさんが素っ気なくなった。距離というか、まるで壁を置かれてるみたい。サッチが余計な真似して悪かったって言ってたけど、気にしてない。マルコさんの気持ちを知ることが出来たんだ。これからは、あたしの問題。諦めるつもりはないの。だから、絶対振り向かせる。

包みを棚に戻す。君がここを離れるのはまだまだ先みたいだね。ちょっと皮肉っぽく笑って、リジィの部屋を出た。




















「づかれたああああ…」

「お疲れさん」

「うう、親父イイイ!」

「グララララ!」


イゾウさんのスパルタ後、あたしはエースと一緒に親父のところへ向かった。意味はない。子どもが親に会うのに理由がいるのか?否、無い!親父の足に飛び付いたら親父はいつものあの独特な笑い声で笑った。


「あー親父癒される…」

「グラララ、そうか」

「待ってね親父、あたしまだまだ強くなるから!」

「おうよ。楽しみに待ってらァ」

「なまえはすげェ頑張ってるからな。すぐに強くなるぞ!」


エースの手があたしの頭をぐしゃぐしゃっと撫で回す。髪がぐしゃぐしゃになったけど別に嫌ではなかった。親父も笑ってるし、なんだかすごく気分がいい。親父を見上げて、あたしは「あ」と一言漏らした。


「親父、この前の島でくれたお小遣いのお礼に肩叩きしてあげる」

「あァ?礼なんかいらねェ」

「いいからいいから!娘がお父さんの肩叩きたいって言ってるんだから甘えてよ」


そうだ。この前の島で親父にはお小遣いを貰った。お礼に肩叩きをしてあげなきゃって考えてたんだよね。親父がお小遣いくれなきゃマルコさんのプレゼントも買えなかったんだし。だけど問題発生。あたしの身長じゃ親父の肩に掠りもしない。エースに肩車して貰っても無理そうだ。やっぱり台を作って貰った方がよかったかあ…。辺りを見渡して、あたしは親父の椅子の肘置きに目をつけた。そうだ、椅子によじ登れば肩に届くかも。エースにかくかくしかじかと説明して先に登って貰う。上から引っ張りあげて貰う作戦である。


「…エース、おめェがおぶってやって登れば早かったんじゃねェか?」

「おれもそう思う」

「いいから早く引っ張り上げてよおお!」


なかなかよじ登れないあたしをふたりはけらけら笑った。畜生エース殴る。笑われながらも引っ張り上げて貰いなんとか肘置きに辿り着くことが出来た。…てゆうか、肘置きによじ登るって変だよね。人間の椅子によじ登るって。何をどうして親父はそんなにでかいんだ。ほんとに人間なんだろうか。肘置きから遠くなった床を眺める。さてと、次は背もたれによじ登らなくては。


「なまえ、無理しなくたっていいんだぜ」

「無理してないの!親父は黙って肩叩かれてなさい」

「グララララ…分かった」

「ほらなまえ、おぶされ」

「うん、っあ、うわっ!」


しゃがんだエースに近寄ろうとして軽く躓いた。そのままバランスを崩す。視界の端でエースが何かを叫ぼうとしていたのを理解した時には、身体が落下していた。


ガシャァアンッ


落下する途中に何か硬い棒を巻き込み、それを下敷きにするみたいに床に叩き付けられた。それからすぐ近くでバシャッと水が跳ねるような音がした。咄嗟に受け身を取ったのは特訓の賜物だ、そんなに痛くない。痛くないけど、今のバシャッって、何?打ち付けた肩をさすりながら辺りを見渡して、声を失った。

親父の左腕に繋がっている筈の点滴の針が、すぐ近くに落ちていた。点滴の薬をぶら下げる器具は倒れているし、薬も床に落ちて中身がこぼれている。さっきの棒と水の音の正体はこれだと分かった。分かったから、あたしは堪らなく怖かった。素早く立ち上がって親父を見上げる。親父は眉を八の字にしていた。


「ごっ…、ごめんなさい!ごめんなさい、ごめんなさい…リジィを呼ばなきゃ…!」

「大丈夫だ、落ち着けなまえ」

「て、点滴が…親父の薬…」

「おめェの親父はそれぐれェじゃ驚きもしねェ。それより怪我はねェか?」

「…ない、無いけど…」

「ならいい」


親父の指先がとんとんと頭を撫でて優しげに目を細めた。ばくばくと騒いでいた心臓が少しずつ少しずつ鎮まっていく。よかっ、た。いや、全然よくない。早くリジィを呼んで来なきゃ。エースが肘置きから飛び降りてあたしに近付いて来る。エースもびっくりした顔をしていた。大丈夫か?って、あたしより親父の心配しなきゃ。リジィを、早く。ドアへ向かおうとした瞬間、ドアが開いた。


「親父、今の音は────」


顔を覗かせたのは、マルコさんだった。

マルコさんは言葉を途切らせて目を見張った。タッと床を蹴って素早く親父に近寄る、かと思うと、エースの前で止まった。

瞬間、エースの身体が吹っ飛んだ。マルコさんが凄まじい勢いで殴ったのだ。


「てめェらは…何してやがんだ!」

「…マ、」

「親父に何をした!」


向けられた目が、本当に怖かった。初めて見るマルコさんに、あたしは本気で怯えた。吹っ飛んだエースが殴られた頬を押さえもせず、マルコさん同様怖い顔をして戻ってきた。あたしを庇うようにマルコさんの前に立って睨み合っている。


「待てよマルコ、なまえは悪くねェ。なまえは親父に肩叩きしようとしてただけだ」

「肩叩き?…何にしろ、てめェがいながらこのザマかい」

「…面目ねェ」

「違うんです、あたしが悪いんです!エースは何も」

「てめェらの不注意で親父に何かあった時は」


怖い。泣きそう。マルコさんが、怖い。怖い。


「おれは、許さねェぞ」


マルコさんは駆け足気味で部屋を出て行った。しばらくしてナース達がバタバタとやって来て、素早く代わりの点滴を用意する。あたしはその場から動けなくて、ただただ立ち尽くすしか出来なかった。
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