「おれァお前の倍は年食ってる。見た目だって良くねェ。…なのになんで、好きと言える」


なんであんなことを言われたの。なんで何も言い返せなかったの。なんで、なんでなんでなんで。そればっかり。昼間の出来事が頭をよぎる。考えたって答えは分からない。出て来ない。意味が分からなくて苛々して、腹が立つ。

現在、夕方。腹が空いてりゃ腹も立つわと思って取り敢えずご飯を食べる為に食堂へ向かった。今日のご飯はなんだろう。オムライス食べたいなあ気分的に。甘い卵にケチャップで名前とか書いてさ。あははチョー楽しいかもー、なんちって。気分は苛立ったままだ。


「マルコはよォ、なまえのことどう思ってんだ?」


食堂へのドアに手を伸ばした瞬間、耳に届いた声に動きを止めた。…この声は、サッチだ。あのリーゼントは何を訊いてんだコノヤロー。言い様のない焦燥感に似たものを感じたけど、それはあたしも気になる話だ。マルコさんがあたしをどう思っているのか。好きではないなら、嫌いなのか。嫌いならどうして、あんなことを言ったのか。しばらく固まった後、あたしは食堂側の壁に張り付いた。こうなりゃ盗み聞きしてやる。お腹が空いて堪らなかったけど、あたしは聴覚に全神経を集中させた。


「別にどうも思ってねェ」

「どうも?」

「何にも」

「…嘘はよくないんじゃないの?」

「嘘じゃ」

「じゃあなんで昼間、なまえにあんなこと言ったんだ?」


サッチの言葉に思わず目を丸くする。まさか、あれを見られていたのか。ここはモビー・ディック号。白ひげ海賊団の船だ。クルーに見られていたっておかしいことじゃない。サッチの声は何故だか愉快さを含んでいる。


「意識してなかったら特に、しかもふたりっきりになったりしないと思うけどナー」

「…手当てしただけだい。妹分の世話を焼くのは可笑しいか?」

「あーそう?妹相手にあんなに詰め寄っちゃうもん?」

「詰め寄ってねェよい」

「いやいや詰め寄ってたね」

「…いきなりなんなんだ」

「あん?誤魔化す気?」

「何が」

「マルコよォ、相も変わらずポーカーが下手な男だねェ」


やけにぴりぴりと響いた声。それからしばらく沈黙が続いた。食堂には他にもたくさんのクルーがいるけどふたりの会話に気付いているのか気付いてないのかずうっと騒がしい。そんないつもと変わらない風景の中で、このふたりはなんだか異様な雰囲気を放っていた。聞いてるあたしが緊張してくる。このふたりは一体、どんな顔で話をしてるんだろう。先に沈黙を破ったのはマルコさんだった。


「分からねェ」

「…何が?」

「好きだと思ったことはねェよ。本当だ。本当に、妹みたいに思ってた」


ぽつん、ぽつん。こぼれ落ちるように聞こえてきた声は、あたしの胸にすっぽりはまった。足から力が抜ける。ずるずると壁に背中を擦り付けながらあたしは座り込んだ。悲しいような苦しいような、だけど予想は出来てた小さな絶望が息を詰ませる。好きだと思ったことはねェよ。そう、か。やっぱり、そうか。妹みたいに思ってた。まあそうだよね。前からずっと言われてることだ。あたし達は家族で、兄弟だ。恋愛感情を抱くことがおかしい────ことは、ない。だってアンジェリカはクルーのガイと付き合ってる。恋愛感情を抱いてる。だから、あたしの気持ちは間違えてはいない。そう思い込んだ。思い込まないと、すぐにでも泣きそうだった。


「────今は分からねェ」


聞こえてきたのは、マルコさんの声だった。どこか溜め息まじりの声。掠れてる。今は分からないって、それは、どういうことなの。宙を見つめた目がさ迷うのが自分でも分かった。


「なァ、認めちまえよ」

「……」

「少なくとも最近のお前はあいつを妹として見てねェ。そうだろ?」

「…だから、変に妬いちまったのかねい」


…妬いちまった、ってのは、嫉妬したってこと、かな。あたしはハッとした。まさかマルコさんがエースがいるだの年上がいいならイゾウさんやハルタさんがいるだの、サッチもいい奴だの言ったのは、嫉妬してた、から?でもそれはあまりにも都合の良すぎる解釈じゃないかな…。でも今、確かに妬いちまったって言った。

これは期待しても、いいのかな。


「え?マルコってば妬いちまったの?だからなまえに詰め寄ってたワケ?」

「は?」

「いやあ実はねェ、マルコとなまえが話してるとこは見たけど内容までは聞いてないのよ」


────は?あたしの心の声とマルコさんの台詞がシンクロする。じゃあ今までの、全部知ってますみたいな口振りって…?


「カマ、かけちゃった」

「…てめェリーゼント」

「ちょ、覇気は勘弁して気絶するから。いーじゃんこれで自分の気持ち分かったろ?意識されると意識しちまうもんよ、恋愛にゃよくあるよくある。いやしかしお可愛らしい恋をするのねプフッ」

「言い残すことはねェな」

「キャー!助けてなまえ!」


突然名前を呼ばれて心臓が跳ね上がった。それから妙な沈黙が続く。な、なななな…!まさかここにいるってばれてるの!?サッチの奴分かってて話してたの!?盗み聞きしてたなんてばれたら気まずい!逃げよう!立ち上がろうとした瞬間、バンッ!と壊れるくらいの勢いで入口のドアが開いた。まず見えたのはグラディエーターサンダル。つくづく思うけどこれ女物じゃないのかな。それから恐る恐る視線を上げていく。ハーパンから素肌が見えて、刺青が映る。そのまま無精髭を伝い────視線が、ぶつかった。何か言いたげに開いた口は音を発することなく閉じてしまう。怒ってるでもなく悲しんでるでもなく、困惑した顔。


「…マルコさん」

「…なんだい」

「あたし、諦めない」


座り込んだまま。だけど視線を合わせたまま。いつかの如くマルコさんに指を差した。

だってあたしは確信した。手応えを、感じたのだ。なんでだとかどうしてだとか知らない。知ったこっちゃない。あたしは、マルコさんが。


「絶対に、振り向かせてみせます」


マルコさんは何も言わなかったけど、面白そうに目を細めた。
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