イゾウさんは本当にスパルタ教育だった。イゾウさんが先生になってからは筋トレが増えたんだけど、ただの筋トレばっかりじゃない。時にはハルタさんとしてたみたいなチャンバラもしたけど、レベルが違った。ハルタさんは木刀が身体に当たる前に途中で止めたり当たったとしても本当に弱い力だったけど、イゾウさんは違う。勿論手加減はしてくれてるんだろうけど容赦なく当ててくるし当たれば物凄く痛い。腕や肩には痣が増えた。正直何度か逃げ出したくなったけど、絶対自分の為になるんだって言い聞かせて頑張った。


「痛っ…!」

「痛いから何だい、敵は待っちゃくれねェよ!」

「つあっ!」


木刀が手を強打する。痛みに耐え切れず木刀を落としてしまった。早く拾わなきゃ。いや、違う。拾っちゃ駄目だ。素早くバックステップで距離を取る。太ももに巻いたホルスターから銃を抜いて構えた瞬間、銃が上に飛んだ。木刀で銃だけを叩き上げられたらしい。離れたところに銃が落ちた。木刀を真っ直ぐ伸ばしイゾウさんはじりじりと詰め寄って来る。どう、しよう。もう次の手が分からない。軽くパニックになりかけていたら、イゾウさんがニッと笑った。


「────上出来。獲物を落としてもすぐ拾っちゃいけねェって、よく覚えてたね」

「も…も、ちろん」

「理由は?」

「拾う時に無防備になって狙われやすいからです」

「ハナマル。よし、今日はここまで」

「あっ、ありがとうございました!」


深々と頭を下げる。イゾウさんは木刀を置いて近付いて来た。そのままあたしの手を掴んでぐいっと引っ張る。掴まれた手はさっき強く打たれた手でズキリと鋭い痛みが走った。綺麗に鬱血してる。うっあ、これ痣になるかも…。イゾウさんは眉間に皺を寄せて苦い顔をしていた。


「やり過ぎた…医務室行こうか」

「…一緒に行ったらイゾウさん、またアンジェリカから怒られますよ。なまえを苛めて!って」

「仕方ないさ。それに苛めてんじゃねェ、おれはなまえを可愛がってんの」

「あはは…」

「────イゾウ!」


不意に、甲板に声が響いた。顔を向ければ何故かバケツを持ったマルコさんがこっちに歩いて来ている。なんでバケツ持ってるんだろう。しかもなんか顔怖い。怒ってるみたいだ。マルコさんはイゾウさんの隣に並ぶとこれでもかと言わんばかりに睨み付けた。


「…なんでィ、何をそんなにお怒りなんだマルコ」

「この前の島で使った金、買った物、その他諸々をまとめた書類が十六番隊だけ出てねェんだよい」

「嘘!?サッチは!?」

「さっき出した」

「…マルコ隊長」

「晩飯前に出さねェとなまえ以上にお前を痣だらけにしてやる」

「うっわ…」


イゾウさんは舌を出して唸った。隊長っていうのは色々大変らしい。イゾウさんはあたしの頭をぽんっと叩いた後手、ちゃんと冷やしとけよと言ってダッシュで廊下の方へ消えていった。最近稽古に付き合って貰ってたからなあ、イゾウさんだって忙しいのに申し訳ない。未だズキズキ痛む手を擦ろう、としたら今度はマルコさんに掴まれた。しかも思いっ切り。ギャアアアちょっマジ痛い!


「いだだだだだだ!」

「大袈裟だい」

「お、おおォ…っ!?」

「ほら」


大袈裟なもんか!流石にちょっとむかついて言い返そうとしたら手をバケツに突っ込まれた。最初に激痛を感じて、次に刺すような冷たさに浸されていることに気付く。バケツの中を覗き込むと氷水ががらんと揺れた。…持ってきてくれたのか。でも、なんで?


「30分冷やしたら15分休憩。それを3セットな」

「…なんであたしが怪我したって知ってるんですか?」

「そりゃ、見てたからなァ」

「…見てた?稽古を?」

「おう。見てた」

「…な、なんで?」

「すごいと思ったからねい」


バケツに入れた手がどくんと脈を打つ。冷た過ぎて感覚が無いのに、一瞬だけ熱がこもった気がした。すごいって?何が?誰が?あたし、が?マルコさんがニッと笑う。なんだか気恥ずかしくなる。未だに手を掴まれたままなのも、恥ずかしい。なんで離してくれないの。なんで、そんな風に笑うの。胸が苦しい。痛い。


「前にお前が言ったろい。おれが稽古してる時、すごいですってよい。おれもそうだ。女なのにへこたれねェで頑張るなまえが、すごいと思った」

「…い、や、べつに…」

「普通女は自分に傷が付くのは嫌がるもんだろい。だがお前は違う。強くなりたいから立ち向かう。…色々と諦めが悪いのが、お前のいいところだない」


諦めが悪いのは『強くなることに』なのか、それとも『マルコさんのことを』なのか。それを訊ける程図太い神経は持ち合わせていない。マルコさんの大きな骨張った手が鬱血した手から離れていく。ぬくもりが遠ざかる。それが耐えられなくて、咄嗟に俯いてマルコさんを視界から消した。駄目だ。あたし今、絶対変な顔してる。こんな顔は見せられない。マルコさんからバケツを受け取って胸に抱いた。冷たかったけど今のあたしには丁度良かった。


「…まだ好きかい」


マルコさんの言葉が耳の奥でエコーする。言葉の意味は理解出来た。出来たから、びっくりした。まさかその話をマルコさんから切り出されるとは。マルコさんがどんな表情をしてそんなことを言ってるのか気になったけど顔は上げられなかった。


「なァ、なまえ」

「……」

「…なんでだい」

「…なんでって」

「おれァお前の倍は年食ってる。見た目だって良くねェ。…なのになんで、好きと言える」

「…なんで、って」

「年が近ェのはエースがいるだろい。年上がいいなら、イゾウもハルタがいる。見た目がいいしよい。サッチもいい奴だ。なのになんで」

「なんで、そんなこと言うんですか」

「…さァな」


ゆっくり顔を上げる。意外にもすぐに目があった。マルコさんはどこか、悩んでるような、暗い顔をしていた。少しの間見つめあっていたけど先に視線を逸らしたのはマルコさんだった。踵を返して歩き出す。背中が遠くなる。遠ざかる。手が、届かなくなる。

マルコさんがいなくなった後も、あたしはその場から動けなかった。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -