先日のスモーカーに捕まり掛けた事件から始まった『なまえ強化計画』は、意外とみんなノリノリだった。多分みんなにとっては丁度いい暇潰しなんだろう。あたしは真剣なんだぞ畜生。

いきなり武器を持つのは危ないからまずは基礎体力をつけることになった。体力が無いと話にならないもんね。稽古って何をするんだろう。動きやすい格好に着替えて甲板に出る。待っていたハルタさんがにんまり笑った。


「来た来た。まずは準備体操からな」

「はい!お願いします先生」

「うん、いい返事だ」


腕を伸ばしたり屈伸したりとストレッチを始めるハルタさんの真似をする。『なまえ強化計画』の主なコーチをしてくれるのは体格の差があり過ぎなくて年も近いから遠慮なく出来るだろう、という理由からハルタさんに決定した。実はハルタさんとあまり話したことがないから結構緊張している。見た目は可愛くて隊長っぽくないんだけど、マルコさん曰く『一流の剣士』なんだとか。人は見た目によらないってほんとだ。首をコキコキ鳴らしながらハルタさんを見つめた。


「基礎体力トレーニングの内容は、鬼ごっこ」

「…鬼ごっこって、鬼が逃げる人を捕まえる遊びの?」

「簡単だと思った?残念、鬼はおれだからね」


どこか自慢気に話すハルタさんに内心小さく吹き出した。何か筋トレをするんだと思っていたけど、鬼ごっこか。そうだよね。筋トレするにも体力は必要だもんね。立ち上がって爪先でトントンと甲板を叩く。身体を動かすのは嫌いじゃない。身体を反らしてハルタさんを見たら、ハルタさんはニヤリと笑った。


「因みに、捕まったら罰ゲームね」

「…はい?」

「じゃあ始めよっか」


…なんだろう、何か今嫌な予感がしたような。















予感は的中した。


「ううああああ…」

「ん?どうした?」

「いたいでふ…」

「そりゃ罰ゲームだし」


ハルタさんは憎たらしいくらい爽やかに笑った。本気で一発殴りたくなったけど身体にぐるぐる巻かれたロープが邪魔で動けない。

鬼ごっこをして数分、あたしはすぐにばててハルタさんに捕まった。ハルタさんの手には洗濯バサミがたくさん入った小さなカゴ。どこから出したのか、ハルタさんは素早くあたしにロープを巻き付けると、あたしの顔を所狭しと言わんばかりに洗濯バサミではさみ始めたのである。頬っぺたや鼻は勿論、瞼や唇もはさまれた。耳たぶにもまるでイヤリングのようにぶら下がっている。顔中洗濯バサミだらけにしたハルタさんはあたしを担ぐと甲板にそっと座らせた。そのお蔭で通り掛かる人がみんなあたしを見て笑っている。痛いしひりひりするしめっちゃ恥ずかしいしもうやめて欲しい。エースなんかさっきからずーっと笑い転げてる。


「だっはっはっはっは!」

「えぇふ、わらひふぎ」

「あひゃひゃひゃ…!はーっ腹痛ェ…流石おれの妹」

「うれひくなひ」

「なまえ、次捕まったら海に放り込むからな」

「ひへええええ…!」


ハルタさんの言葉にあたしは震え上がった。ぜ、全力で逃げなきゃ。でもさっきも全力で逃げたのだ。ハルタさんの足が速くてすぐに捕まってしまって…てゆうか隊長から逃げ切れる訳なくね?バチンバチンと洗濯バサミを引っ張るという最も痛いやり方で洗濯バサミを外された後ロープを解かれる。自由になった身体がやけに重く感じた。このトレーニングは、あたしが捕まるのは当然のことなんだ。あたしが休まず妥協せず全力で走ることが目的なんだ。そりゃ罰ゲームは絶対嫌だけど、だけどそれって酷い!隊長相手じゃ勝てっこないじゃん!


「あ、鬼ごっこが終わったら少し筋トレもするからね」

「…お願いします先生」

「いい返事だ」


数分後、あたしは海に放り込まれた。
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