「大丈夫か」

「…ごめんなさ、い」

「気にすんな。一先ず落ち着けよい」


展望台の壁を背中に座り込んで俯く。少し距離を取った隣にマルコさんが座るのが分かった。

あれから、走って逃げた先では船はもう出港していた。島で海兵を見かけたハルタさんが出港を促したらしい。大きなモビー・ディック号が小さく見える。泳いでも間に合わないだろう。どうしたらいいのか分からず立ち尽くしていると獣化したマルコさんが来た。スモーカーをまいてきたと自慢気に話すマルコさんに船まで運んで貰って、展望台に降りて、今に至る。マルコさんは震えが止まらないあたしを考慮してここに降ろしてくれたのだ。


「出港するってェのになまえがいねェってエースが騒ぎ出してな。空から辺りを見てみりゃお前がスモーカーに絡まれてる」

「…すみません…」

「…叱ってる訳じゃねェっつったら嘘になる。だが、もう謝るなよい」

「……」

「怖かっただろい」


ぼろりと、大粒の涙がこぼれた。身体がガタガタ震えて、誤魔化すように自分の腕を強く握り締める。でもやっぱり震えは止まらなかった。

怖かった。本当に怖かった。このまま死んでしまうのかと、本気で思った。身動きが取れなくて逃げられなくて気持ち悪かった。思い出すと涙が出る。嫌だった。どうしようもなく、悔しかった。


「これに懲りたら黙って単独行動はやめろい」

「や、だったん、です」

「ん?」

「嫌、だったんです」

「…何が」

「な、なにも出来ない、自分が…っ」


自分ひとりじゃ逃げ出すことも出来ない自分に本気で嫌気が差した。怖いのも勿論嫌だったけど『怖いとしか思えない自分』も嫌だった。あの時どうにかして逃げ出せていればマルコさんに迷惑をかけることもなかったはずだ。なのにあたしはビビってばっかりで、あっさり捕まった。情けない。こうしてマルコさんに励まされてるのも惨めだ。悔しい。ほんとう、嫌になる。


「つよく、なりたいです」

「…そうかい」

「自分のことは何とか出来るくらい、強くなりたい」

「よく分かった」


とんとん。肩を叩かれる。恐る恐る顔を上げると柔らかく微笑むマルコさんがいた。しばらくマルコさんを見ていなかったからか不謹慎にも心臓がどくりと跳ねる。悔しい、悔しいどうして。どうしてそんな顔をするの。優しくするの。あたしのこと何とも思ってないくせに。涙が出る。出る、出る、出る。止まらない。安心して震える。とんとん。また叩かれる。その不規則なリズムに気持ちが和らいでいくのが分かる。血液が巡って熱が広がっていく。ぼろり、生温かい涙が、またこぼれた。


「怖い怖いと泣き喚くなら呆れて出て行くつもりだったがねい…強くなりたい、か」

「…へっ…?」

「まァ、そういうことだ。おめェらも協力しろよい」


マルコさんが首ごと入口のドアを見つめた。しばらくシン…としていた空間に、ギィと控え目にドアが開く音が響いた。見ればそこには半裸とリーゼント。お馴染みの顔触れに、つい吹き出してしまった。


「任せろなまえ!おれが立派に育ててやるよ」

「お前だとなまえが火達磨になりかねん。おれが手取り足取り腰取り教えてやる」

「リーゼント燃やすぞ」

「ギャアッもう燃えてる!エースくんやめて泣きそう!」

「体格的にも先生はハルタがいいだろい。誰か希望はあるかい?」


ここの人達は優しすぎる。三人を眺めて、絶対強くなろうと心に誓った。
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