三日目の朝。昨日イゾウさんと選んだ洋服を着る。リジィがまあ、可愛いと微笑んだ。ずっとリジィの服を借りてたからなあ。リジィの服も可愛いんだけど、如何せん胸のところがぶかぶかである。何故ならあたしとリジィでは胸の差がハンパないからだ。髪をセットするリジィを、正しくは胸をじーっと見つめる。視線に気付いたリジィがくすくすっと笑った。


「ねえなまえ、刺青を入れる場所は決めました?」

「あ。まだ決めてない」

「なまえの覚悟が出来てるなら今夜にでも入れてしまおうと思っているのですけれど」

「…じゃあ今日中に決める!刺青入れる!」

「では、準備をしておきますね。色や大きさも決めていてくださいな」

「うん、お願いします」

「今日のご予定は?」

「島をぶらぶらします。リジィは?」

「昨日の健診の書類をまとめます」


じゃあ今日も出掛けられないね、と肩を落としたらリジィはまたくすくす笑った。島で何かお土産買って来よう。朝ご飯を食べる為にリジィと食堂へ向かう。あたしの格好を見たエースがちょっおま、ああああなまえ大好きだー!って叫んだ。お揃いのズボンはお気に召していただけたらしい。

ご飯を食べ終わって、ひとりで船を降りる。早くこの世界の物や金銭感覚に慣れておきたかったからだ。いつまでも人に頼ってちゃいけない。今日は化粧品を買わなきゃ。人混みの中をひょいひょいと進んで行きながら、ふと目に入ったショーウィンドーに足を止める。そこはメンズ向けの洋服屋さんだった。程好くワイルドにコーディネートされたマネキンのウォレットチェーンに目が釘付けになる。


(似合うかも)


そう考えてブンッブン頭を振った。あ、あたしは何考えてんだ。今日は化粧品を買いに来たんだよ。再び足を動かそうとして、ぐっと思いとどまる。次見た時に無かったら絶対後悔するよなあ…。でもいきなりプレゼントって怪しいよね。告白した後だから尚更怪しい。下心丸出しじゃん。

でも、似合うと思う。マルコさんに。

どうしよう。視線を落とすと、ショルダーバッグに結び付けたバンダナが目に入った。…あ。そうだ、そうだよ。よし!


「あっあの、このウォレットチェーンください!」

「ありがとうございます、贈り物ですか?」

「はいっ!」

「じゃあお包みしますので少々お待ちくださいねー」


────買っちまったよ。綺麗にラッピングされたウォレットチェーンを両手に乗せて店を出た。未だ手を振ってくれるイケメンな店員さんに引き吊った笑みを浮かべて店を離れる。買ったは買ったで、なんか、気分が重いかも。

マルコさんに貰ったバンダナのお返しを、まだしていなかった。だからこのウォレットチェーンはバンダナのお返し。純粋な『お返し』だ。下心は無い、ほんっとーに無い。無いけど、渡しにくい。大体船じゃ人の目があるし渡しにく過ぎる。ど、どうしよう。俯いたまま歩いていると、どんっと人にぶつかった。


「ごっ、ごめんなさ」

「いーえェ、大丈夫よーん」

「…サッチ」

「下向いてると危ェぜ?」


ぶつかったのは、サッチだった。どうやらひとりらしい。珍しい、サッチがひとりなんて。よく見れば片手にパンやハムの入った紙袋。買い出しかな。サッチはへらりと笑ってカフェ入ろうぜとあたしの腕を掴んだ。断る理由は無かったから素直に従うことにする。

カフェのテラスにサッチと向かい合って座る。こうして見るとサッチは体格がいい。エースもマルコさんも逞しい身体をしてるけど、サッチは腕も首も太い。コックって言われても信じられないや。カフェオレを飲みながらサッチを眺めていたら、サッチがぽっと頬を赤くした。


「そんなに見つめちゃ恥ずかしいでしょ」

「ぶははっ、ばーか」

「ぶははって…色気ねェな」

「スミマセンネー」

「で?これは?」

「ん?」

「さっき男物の店から出て来たろ。何買ったんだ?」


ニヤリと笑うサッチにすぐ反応を返せなかった。…見られてたのか。テーブルの上に置いた包みを自分のところへ抱き寄せる。サッチは頬杖をついてじっとあたしを見つめていた。なんだか居心地が悪い。顔を逸らす、前に片手で両頬を挟まれた。口がアヒルみたいになる。何のつもりなんだ。睨み付けたけどサッチには効かないみたいで、けらけら笑われた。


「それ、マルコにだろ?」

「…うん。バンダナ貰ったから、お返し」

「お返しね。まァお前らしくていいじゃない。…なのに何暗い顔してんだよ」

「だって渡しにくいし…」

「好きなんだろ?」


あまりに直接的な言い方にあたしは目を丸くした。好き、ああそうだ、好きだ。好き、だけど。それをはっきり言われるのはなんだか恥ずかしい。顔がじんわり熱くなった。サッチが目を丸くして、またニヤリと笑う。


「お前面白い」

「あほ」

「お返しなら尚更パパッと渡しちまえよ。難しく考えることねェ」

「…うーん」

「おれ、本気でお前ら応援してんだぜ」


サッチはあたしの顔から手を離して、ちょっと照れ臭そうに歯を見せて笑った。それを見たらなんか、力が抜けた。強張っていたものが剥がれ落ちるみたいだった。いつもおちゃらけてふざけてるのに、サッチって不思議。膝に乗せたウォレットチェーンを握り締めた。

大丈夫。渡せる。これはバンダナのお返し。ありがとうの気持ちだから。…まあ、やっぱり渡す時は人がいない方がいいけど。


「サッチありがとう」

「お礼はカラダで」

「死ね」















夜、夕食を食べた後医務室へ向かった。リジィやアンジェリカが色々な器具を準備している。あたしに気付くとにっこり笑った。


「心の準備は?」

「大丈夫、ばっちり」

「じゃあ、場所と色と大きさを教えて?」

「…あのね、」


────その日あたしは、親父のマークを身体に刻んだ。
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