「悪い」
静寂を破ったのはマルコさんだった。持っていたグラスをテーブルに置いて指を組む。眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。マルコさんの言葉の意味はよく理解出来た。出来たから、あたしは瞬きひとつ出来なかった。
「応えてやれねェ」
つまりは断る、と。あたしの告白を受けることは出来ないと、マルコさんは確かにそう言った。
そうですか、とぽつりこぼしてから、気まずい雰囲気になってしまい、結局バーを出ることにした。帰る場所が同じだから必然的に帰り道も同じになる。だけどあたし達は一言も話さなかった。話せなかった。すぐ隣にいるマルコさんが、すごく遠かった。
どうしよう。このままマルコさんと気まずいままになるのは困る。これから生活を共にするんだから気まずいままなのは、困る。みんなには申し訳無いな。せっかく綺麗にして貰ったのにフラれちゃった。てゆうか今日告白することは無かったよね。
でも、何故だか、堪えきれなくて。どうしようもなく溢れた。あたしって馬鹿だとつくづく思う。
ちらり、マルコさんを見る。マルコさんはただ前を見て歩いてる。かと思えば、突然こっちを向いたからかなりびっくりした。
「なまえ」
「っひゃい!」
「…そんなにビビんなよい」
マルコさんは苦笑して少しあたしに近付いた。マルコさんは背が高い。あんまり近寄られると顔をいっぱい上げなきゃいけなくて首が痛くなる。視界にマルコさんを映して心臓が跳ねるのは、もうどうしようもない。マルコさんは目尻を下げて笑った。
「ありがとう。こんなおっさん好きになってくれてよい」
「…べ、べつに」
「…これ以上は上手く言えねェ。何言っても傷付けちまうしな」
マルコさんが手を伸ばす。いつもみたいにあたしの頭を撫でようとして、触れる直前でぴたりと止まった。マルコさんの表情が一瞬固まる。それからすまんと手が離れていった。そうだ。もう、前みたいに触れては貰えない。そうしたのはあたしだ。それがひどく悲しかったけど唇を噛んで我慢する。泣いちゃ駄目だ。泣いたら化粧がとれる。泣いたらうざい女になる。それだけは嫌だ。
悲しくて悲しくて堪らないのに、どんどん『好き』が募っていく。いっそ酷く振ってくれたらいいのにどうしてこの人はこんな時にまで優しいの。
「…マルコさん」
「ん?」
「やっぱり好きです」
マルコさんの足が止まる。あたしも足を止めてマルコさんを見上げた。真っ直ぐ、見据えた。
「だから諦めない」
「……」
「絶対に、振り向かせてみせます!」
ビシィ!と指を差してきっぱり言い切った。言い切って、かなり後悔した。マルコさんがポカーンとしていたのである。あたし今、かなり恥ずかしいこと言ったんじゃないのかな。顔がじわじわ熱くなる。差した人差し指が震える。
諦めることは出来ない。諦めたくない。やっぱりあたしはマルコさんが好きだ。フラれたけど、諦め切れない。ごくりと唾を飲み込むと、マルコがブフッと吹き出した。口を押さえてげらげら笑う。…これは馬鹿にされてるんだろうか。
「…それじゃあ、頑張ってみせろよい」
「…へっ?」
「頑張ってみせろ。…期待しねェで待ってる」
マルコさんはまたスタスタと歩き出した。ちょっとずつ遠くなる背中を、呆然と見つめる。今、あの人は、何て言ったの。頑張ってみせろ、って。頬が緩む。身体の内側から沸き上がる衝動に任せてマルコさんの後を追った。
「期待してろよバナナ!」
「調子に乗るな馬鹿」
いつもと変わらない拳骨を食らった。変わらないことが、嬉しかった。