「おれのいた国じゃ、お前みてェな女をヤマトナデシコって言うんだ」
そう言ってイゾウさんはにっこり笑った。大和撫子か。ちょっとはそんな風に見えてるんだ。嬉しい、かも。あたしはついへにゃっと顔を緩ませた。
イゾウさんに借りた着物は少しだけ重くて、すごく綺麗だった。たまたまひとつだけあった小さな下駄も借りた。着付けも髪結いも化粧も全部イゾウさんにして貰ったけど不満なところはひとつも無い。流石イゾウさん、東洋人に近いイゾウさんなら大丈夫だと思った。きらきらしいドレスよりも落ち着いた着物の方があたしには合ってる。やっぱりイゾウさんに頼んでよかった。最後にイゾウさんは紅いアイライナーであたしの目尻にラインを引いた。それから、手の甲で頬をするりと撫でる。うわ、この色男め。
「こりゃあマルコもイチコロだわ」
「あはは…」
イゾウさんの部屋から甲板に移動する。そこにはサッチとエースとがいて、あたしを見るなり目を見開いていた。なんか、そんなに見られたら恥ずかしい。隣に立つイゾウさんが自慢気に鼻を鳴らした。
「どうだい?綺麗だろう」
「いやァ…うん。なまえ、ドレスよか絶対そっちが似合う」
「流石おれの妹…!」
各々言いたいこともあるみたいだけど、取り敢えず今は時間がない。コーディネートに時間をかけすぎて空はすっかり暗くなっていた。早くマルコさんのところに行かなきゃいけない。てゆうか、なんでエースがここにいるの。マルコさんと島に行った筈じゃ…。しばらくぼーっとしていたエースはハッと我に帰ると、あたしの手を取った。
「あいつ今酒場にいるんだけどさ、そこの女がやけにマルコに絡むんだ。マルコは嫌がって無視してんだが女はクールなのねとか言っててよ…マルコ、すっげェ苛々してる」
「えええ…」
「おれはこっそり出て来てなまえを呼びに来たんだ。早く行こう」
「あ、ちょっと待って!着物じゃ走れないってば!」
手を掴んだまま走り出そうとしたエースを慌てて止める。せっかく綺麗にして貰ったのに走ってぐちゃぐちゃにしたら申し訳無い。エースは振り返って数秒固まると身体を屈めて、
「わあっ!?」
「口閉じてろよ、舌噛んでも知らねェぞ!」
「なまえ、頑張れよー!」
「絶対大丈夫だからなー!」
エースの左腕が膝の裏に回り、右腕が背中に回り、ひょいっと持ち上げられる。いわゆるお姫様抱っこ状態でエースは走り出して船から飛び降りた。衝撃で口の中を噛んだ。後ろからサッチとイゾウさんの声がしたけど返事は出来ない。が、頑張ろう。ごくりと唾を飲み込んだ。
しばらくするとスピードが落ちて、顔を上げた。目の前に大きな酒場があった。時折中からゲラゲラと笑う声が聞こえてくる。あれ?今の声ってラクヨウさん?エースを見上げようとする前にそっと地面に降ろされた。そのまま背中を押される。
「奥のカウンターにいる」
「…うん。うん、頑張る」
「よし!」
エースがニッと笑う。あたしもつられて笑って見せた。
ドアを開ける。外にいるよりも喧しくてちょっと顔をしかめた。なんかパチンコ店みたいだ。ゆっくりゆっくり足を進めていく。着物じゃ大股では歩けないのだ。途中ラクヨウさんやフォッサさんがジョッキを一気飲みしているのが見えた。船でも島でも、やることは同じか。
奥のカウンター、奥のカウンター。頭の中で繰り返しながら歩く。緊張し過ぎてお腹と心臓が痛い。未だかつてこんなに緊張したことがあっただろうか。きっとなかった。奥のカウンター、奥のカウンター。さまよわせた視線の中に金髪が映り、息が詰まった。隣にはナースに負けず劣らずナイスバディな女性がいてマルコさんの背中に寄り掛かっている。マルコさんはこれでもか、というくらい眉間に皺を刻んでいて、不意にぱっと顔を上げた。
目が、合った。
「……」
「…あ、あの」
マルコさんは目を見開いて固まった。え、何その反応。てゆうか、これからどうしたらいいんだろう。マルコさんの隣にいた女性が敵意剥き出しであたしを睨んでくる。あたしはあたしでいっぱいいっぱいで、この場から消えてしまいたいくらいだった。
マルコさんが椅子から立ち上がる。ポケットから財布を出すとそのままカウンターに叩き付けた。隣にいた女性が小さく悲鳴をあげるのも構わず、マルコさんはあたしの、かた、を、
「悪ィが、迎えが来たから帰る」
ニィ、と意地悪く笑いながら、あたしの肩を抱き寄せながら、マルコさんは出口へ向かって歩き出した。女性が何か言いたそうにこっちを睨んでいる。だけどあたしは、それどころじゃなかった。マルコさんに触れられている肩が熱くて熱くて、息が出来なかった。