その日の昼頃、モビー・ディック号は島に着いた。大きな島で人も多く賑やかなところで、みんな意気揚々として出掛けて行った。楽しそうだしあたしも後でリジィ達と降りてみようかな。そう思っていたら。


「なまえ、行こうかい」

「…へ?」

「…降りねェのか?」

「降りますけど…え?」


甲板でマルコさんに突然そう言われてあたしは目を丸くした。そりゃあ確かにいつも一緒に行動してるけど、でも別に一緒に島を廻ろうと誘われていた訳じゃない。マルコさんはマルコさんでキョトンとしていたけど今のあたしにマルコさんとふたりで島を廻るなんて、絶対に出来ないことである。そんなの恥ずかしくて死ねる。だけどマルコさんは意に介してないらしくフッツーにあたしの腕を取った。


「っちょ、」

「金なら心配すんな。酒場に連れてってやるよい」

「あの、待っ」

「はーい邪魔するぜェ」


マルコさんに触れられたことに過剰反応して動けなくなっていたら、後ろから肩を引っ張られた。この声は、サッチだ。振り返ってまず映ったのはトレードマークのリーゼント。サッチはニッと笑った。


「悪ィけど、なまえはおれと船番だ」

「今日の船番は十六番隊だろうが」

「いーからいーから!おれと飯食いに行こうぜ!」


サッチの後ろから飛び出して来たエースが未だあたしの腕を掴んでいる腕を取り、そのままの勢いで走り出した。船を降りる途中にエースはげいんッと殴られていた。エースって炎じゃなかったっけ。なんで殴られてるんだろう。

肩を掴まれたまま、サッチを見上げる。サッチはマルコさんが見えなくなってからあたしと目を合わせた。なんかめっちゃキラキラしてた。


「なまえ、おめかしすっぞ」














「このドレスなんてどう?」

「駄目駄目、なまえの身長に合わねェ」

「ちょっと高めのヒールを履けばいいんじゃない?」

「それもこいつに合うサイズがねェんだよ」

「これは?短めのドレスワンピース」

「胸が開いたやつは駄目だ、なまえおっぱい無いから」


むかついたからサッチの頭をヒールで殴ってやった。悪うござんすねおっぱい無くて!大体ナースと比べないで欲しい。みんな不二子ちゃん並にナイスバディなんだ、敵う訳ない。それにあたしは生粋の日本人。東洋人だ。西洋人寄りのナースとは体格が違う。身長だって比較的低めだし足だって小さい。あたしがおめかしなんて、出来る訳ないんだ。


「なまえ、おめかしすっぞ」

「なんで?」

「マルコにアタックする為に決まってんだろ」

「は!?な、ななな何言ってんの!?」

「いーからいーから、サッチ様に任せろって!」



なんでも、サッチとエースで企画したらしい(エースは最後まで反対してたらしいけど)あたしを綺麗にして、夜マルコさんに会いに行く。それで『女』を意識させろ、と。かなり無茶苦茶なことを言われた。身長も無い胸も無いあたしがどうやって年上過ぎる彼を意識させるのか。げんなりしているあたしを余所にサッチとナースはあーでもないこーでもないとコーディネートを選んでいく。ハァ、と溜め息をついたらナースから前髪をヘアピンで留められた。


「さ、メイクするわよ」

「…はあい」

「なまえには頑張って貰わなきゃ」


彼女はアンジェリカ。前にあたしの前でクルーの男と喧嘩をしていた女性だ。喧嘩の原因は男の浮気で、もう二度としないという約束をして仲直りをしたらしい。アンジェリカはあたしが気を失ったりうなされたり泣き喚いたことに責任を感じているらしく、今回のことにノリノリである。私は応援してるから!と意気込むアンジェリカにあたしは取り敢えず笑っておいた。応援してくれるのは有り難いし嬉しい。でも、だ。


「…お前、中途半端なカラダしてんのね」

「うっさいリーゼント」

「メイクは出来たけど…」

「…ケバい」


鏡の前に立って溜め息を吐いた。洋服も靴も合わない、化粧も東洋人の顔には派手。着飾ることも出来ない自分に嫌気が差した。見れば見る程、あたしって子どもっぽい。マルコさんに比べたらほんとに餓鬼だ。洋服も化粧も精一杯背伸びしてます、って感じ。それが惨めに思えた。

マルコさんは、好きだ。好きだけど、好きだから、惨めになる。マルコさんは大人であたしが子どもだから。いや、二十だけども。でもマルコさんからすれば子どもなんだろう。なんか、どんどん萎えてきた。サッチが頭をぺしりと叩いたけど何にも反応出来なかった。


「なまえ、何へこんでんだよ」

「…あたし、やっぱ無理」

「マルコ振り向かせてェんだろ?」

「でも、こんな着飾ってやっと振り向いて貰ったって虚しいよ」

「気持ちは分かなくもねェけどよォ…」


我が儘だけど、どうせならあたしを見て欲しい。あたしはあたしなりのいいところを見て欲しい。東洋人がどんなに頑張ったって西洋人にはなれないんだ。だから、胸の開いたドレスも踵の高いヒールもグリッターたっぷりの化粧も似合わない。悲しいけど、それが真実だ。

どんどんどんどん萎えていっていたら、不意に入口のドアがガチャリと開いた。そこにいたのはイゾウさんで、煙管を口にしたままキョトンとしている。ああそっか、十六番隊は船番だっけ。


「…なんだいこりゃあ」

「あー、実はな…」


サッチが説明する中、あたしはイゾウさんをじっと見つめていた。男の人とは思えないくらい綺麗な人。着物もすごく似合うしかっこいい。黒い髪も健康的な白い肌も東洋人ならでは。そこまで考えて、あたしの頭上に豆電球が閃いた。


「そうだイゾウさんだ!」

「へ?おれ?何が?」


ハテナマークを浮かべるイゾウさんに笑いかける。そうだ、諦めるには、まだ早い。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -