「サッチのバカアアアア!」
「え、いきなり何?」
「もう全部サッチが悪い謝れリーゼントオオオオ!」
「おいリーゼントおれの妹に何しやがった」
「何もしてナイから睨まないでお兄ちゃん。なまえは取り敢えずこっち来い」
ある晴れた昼下がり。あたしは食堂に突っ込んで大声で喚いた。皿洗いをしていたサッチは手を止めて目を丸くしている。テーブルに座ってコーヒーを飲んでいたエースがサッチを睨み付けたがサッチはあっさりスルーした。サッチが手を拭きながらちょいちょいと手招きする。素直に近付く。右にエース、左にサッチという順で椅子に座った。サッチは頬杖を付いてへらりと笑う。
「一体何がどうなっておれが悪かった?説明してくれ」
「サッチが変なこと言うから意識しちゃってんだよう!」
「…イシキ?…え?意識?」
「どうしてくれんのさ!」
があう!とがむしゃらに吠える。サッチは頬杖からゆっくりゆっくり顔を離してぱちぱちと瞬いた。少し身を乗り出してあたしの隣にいるエースと目を合わせている。エースを見たらサッチと全く同じ反応だった。サッチはしばらく固まっていたけど、ハッと肩を揺らすと目を見開いた。
「…なまえ、まさかとは思うんだけどよ」
「なに」
「意識しちゃってるのって、パイナップルみてェな頭したおっさん、だったりして」
「そうだけど」
「…なんだと…!?」
サッチは呆然と、少し青ざめて呟いた。なんだよ、意識させたのはサッチのくせに。苦し紛れにバカ、とこぼした。
最近、気が付いたらマルコさんのことを考えてる。目で追ってる。話し掛けられたらすごく嬉しくて心臓が騒ぐ。認めたくないけど、悔しいんだけど!これはもうそういうことじゃないか。なんだろうあたし病気なのカナ?って涙流して不安がっちゃう程ピュアじゃないし無知でもない。これはアレだ。恋ってやつだ。あたしは頭を押さえてテーブルに突っ伏した。
「うううどうしよう…!」
「マジかよ…いやでもさ、マルコはいい奴だぜ?好きになっても損は」
「する!年の差ハンパないんだよ?叶う訳ないじゃん!」
「…なァ…?」
わんわん呻いていたら右から低い、冷たい声が聞こえてきた。な、なんだこれ。負のオーラを感じる。恐る恐る首を向ければ、頬をひくひくっと引き吊らせたエースがあたしを見つめていた。両手で握り締めたマグカップがガタガタ震えている。う、うわあお。
「なまえは…マルコが好き、なのか…?」
「…まだよく分からないけど、多分」
「だッ…駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!兄ちゃんは許さねェぞ!」
「わあっ!」
マグカップをガタンッと倒してエースはあたしの両肩を掴んだ。いっ痛い痛い痛い痛い痛い!どんだけ強い力で掴んでんの!エースはグッと顔を近付けて首をぶんぶんと横に振っている。涙目だ。あああああ、シスコンエースのことだからこうなるだろうとは思っていたけど!
「駄目だ!絶対駄目だ!な、なんであんなおっさんが好きなんだよ!」
「ちょっ待、痛い!サッチ助けて!」
「え、やだおれ怖い」
「裏切り者オオオオオ!」
「サッチィ!?サッチも駄目だ許さねェ!ハルタもイゾウもラクヨウも駄目だからな!おれより強くてかっこいい奴しか認めん!よっておれは誰も認めん!お、親父なら認めるが、だが親父はみんなの親父だからな!だから親父も駄目だ!とにかく駄目!お兄ちゃんは許しま」
「うるせェよいシスコン」
エースがテーブルを巻き込みつつ凄まじい勢いで吹っ飛んで壁に衝突した。肩から痛みが消えてほっとする。あー助かった。エースめっちゃ怖かった。どんだけシスコンなんだこの男は。
ハッと我に帰る。目の前にいるこの人は、エースを蹴り飛ばしたこの男は。
「マ、マママママルコさ」
「廊下まで聞こえてたが…一体何の話だい?」
「なっ何でもないです!」
あたしがあなたを好きだって言ったらエースが猛反対したっていう話です、なんて言える訳ない。マルコさんは持っていた書類をしっかり脇に抱えてあたしの頭をぽんぽん叩いた。マルコさんの大きな手があたしの髪をぐしゃぐしゃにする。マルコさんの手が、指が。それだけのことなのに心臓がばくばく暴れた。
マルコさんはぐったり伸びたエースの足を掴むとそのままずるずると引っ張って食堂から出て行った。どうやら一番隊と二番隊で話し合いがあったらしい。エース、サボろうとしてたのか。色んなことに対して溜め息を吐き出した。
「…お前も女なんだなァ」
「…なにそれ」
「いやいや、ブフッ。面白くなってきた」
「面白くないよ…」
サッチがニヤニヤと笑っている。きっと良からぬことを企んでいるんだろうけど、心臓がそれどころじゃないからあたしは俯くしかなかった。