どうしたものか。いや、まじで。これはまじで。どうしたらいいんだ。枕に顔を押し付けて考え込む。ベッドのスプリングがギシギシ軋むのも気にせず足をばたつかせる。ああ駄目だ駄目だ駄目だ、考えたくないのにどうしても浮かんで来る。
マルコさんの顔が、頭から離れない。
あたしは本当にどうしてしまったんだろう。枕から顔を離して盛大な溜め息を吐き出した時だった。ドアが開いて、この部屋の主が顔を出す。
「…こんなに明るいうちからベッドにいるなんて、具合が悪いのですか?」
「んーん、元気…ちょーっと考え事」
「釣りしようってエース隊長が呼んでましたよ」
「ああっ!約束してたんだった!」
昨日の夜から明日は一緒に釣りしようぜ!って言われてたの、忘れてた。慌ててベッドから跳ね起きて部屋を飛び出す。リジィはくすくすっと笑っていた。
あたしは今、リジィの部屋に居候している。もう幼女ではなく二十に戻ったからエースの部屋で寝ることは出来ない。サッチもマルコさんもリジィの部屋に行くことを勧めてきた。エースもエースで流石にもう一緒に寝れねェなってちょっと赤い顔して苦笑いを浮かべてた。リジィは快くあたしを迎えてくれて、今はリジィの部屋にいることが多い。洋服もリジィのを借りてるしね(胸のところがぶかぶかなんだけど…)船首の方を見る。釣竿を二本持ったエースが海を見ていた。
「エース!」
「お、やっと来たか」
「ごめん忘れてたー!」
両手をぱしんっと合わせて頭を下げる。エースはけらけら笑って許してくれた。エースから竿を受け取って海へ糸を垂らす。エースとこうやって釣りをするのは幼女の頃からで、あたしも随分釣りが上手くなった気がする。エサも自分で付けれるようになったしね!最初はミミズみたいなうねうねしたものを触るのなんて信じられなかったけど…慣れって大切だよね。竿をちょちょいっと動かしつつ身体を反らしてエースの背中を見つめた。
「…あたしも刺青、入れたいなあ」
「ん?」
ぽつり。呟くとエースはあたしに目をやった。片手で背中を押さえてニッと笑う。
「そうだな。もうでかくなったしな、なまえも入れていいんじゃねェか?」
「ほっ、ほんとに!?入れていいの!?」
「あぁ!なまえだって親父の子どもなんだからな!」
「────痛ェぞォ…?」
突然真後ろから聞こえた声にびっくりしたあたしは思い切り肩を揺らした。その勢いで身体がぐらりと前に傾く。あ、やべ。落ちる。床から足が離れ軽く落下する感覚に陥った瞬間首根っこをわしっと掴まれた。真下で細波が音を立てる。うわあ、高い。
「おまっ…あ、危ねェ…!」
「さ、サッチがびっくりさせるから!」
「落ちるとは思わなかったんだよ!」
軽々と持ち上げて貰ってあたしはすぐに救出された。パニックになったのに竿を手離さなかったあたしの逞しさに拍手。むかついたからサッチに肩パンしてやったけどびくともしなかった。だからエースにして貰った。サッチはしばらく痛みに悶えていた。
「…刺青入れるの、そんなに痛い?」
「んー…まあ、痛くない訳ないよな」
「うええええ…」
「肩とかはどうだ?痛みが少ねェらしいぞ」
「おれァ右肩に入れてるが…背中よりはマシだろうな」
エースに殴られた右肩を擦りながらサッチが言った。涙目だ。よっぽど痛かったんだろうなあなんて呑気に考えた。
痛い、のか。そりゃそうだよね。刺青って確か針を刺したりするんだっけ?そりゃ痛いよね。痛いのは出来るだけ避けたいけど…でも、どうせなら見えるところに入れたい。手とか鎖骨辺りに入れたいな。痛みの程度はリジィに聞いてみよう。うむうむと考え込むあたしの手首────正しくは、手首に巻いたバンダナを握り締めた。マルコさんに貰った白ひげの刺繍入りバンダナだ。
「…胸、痛い、よね」
「胸?胸ならほら、訊いてみろよ」
「は?誰に────」
「刺青入れんのかよい」
「ワアアアア!」
エースの言葉に首をかしげた途端真後ろから声が聞こえた。まさか後ろに誰かいるなんて思わないじゃないか!ここの人は後ろから話し掛けるの好きだなオイ!それに、もうひとつ。この声の主には今、会いたくなかったのだ。恐る恐る振り返る。予想通り、そこにはマルコさんがいた。
「何処に入れようが痛いもんは痛い。手とかにした方がいいんじゃねェかい」
「ま、まあ…そうですけど」
「あァ、おれとお揃いがいいのか」
「違います!」
マルコさんがニヤニヤしながら言った『お揃い』にあたしは変に反応してしまった。ああ駄目だ、意識するな。からかわれてるだけなんだ。顔を熱くさせる必要は無い。マルコさんから逃げるようにエースの背中に隠れた。マルコさんは腕を組んでケラケラと笑う。開いたシャツから覗く刺青を睨み付けて溜め息を吐き出した。
「マルコ、なまえで遊ぶなよ」
「からかうと面白ェんだ」
そう、からかわれてるだけなんだ。分かっているのに心臓が暴れて腹が立つ。
「…バカバナナ」
「聞こえてるよいクソボケ」
この後あたしが一発殴られたのは言うまでもない。
※サッチの刺青の場所は完璧な捏造です!