「ほんっとに、大きくなったなァ…」
「嫌なの?お兄ちゃん」
「違う。でも寂しい…」
「あははは」
ドーナツをもぐもぐさせながらエースはしょんぼり肩を落とした。あたしが元の姿に戻って一番喜んだのはエースだったけど、一番悲しんだのもエースだった。あのちまちまむっくりした幼女な妹がエースは大層お気に入りだったらしい。身長差はまだまだあるけど年齢は同じ。妹的な感覚は激減だ。あたしは牛乳を飲みながらくすくすと笑った。
「これからは似てない双子の妹、ってことでよろしくね」
「…それもいいな!よろし、ぐかー」
「…変なお兄ちゃんだ」
「今頃気付いたのかよ」
ドーナツをもぐもぐしたまま鼻提灯を膨らませたエースを眺めて呟いたら皿洗いをしていたサッチがブッと吹き出した。いやそりゃ、前から知ってたけどさ。食事中にいきなり寝ちゃうとかってのは。もう慣れてきたけど面白いものは面白い。エースの手から落ちかけたドーナツを素早く拾って口に運ぶ。うん、旨い。流石サッチだ。おやつの時間は至福の時である。
身体が元に戻ってから、特にこれといった変化は無い。突然気持ち悪くなることもまた身体が縮むことも無い。ナース達は女の子が増えて嬉しいわと喜んでくれた。心無しかサッチがセクハラ紛いなことをすることが増えた気もするがそれはエースが退治してくれるから問題ない。楽しい毎日を過ごしている。不意に鼻を掠めた香りにサッチを見上げた。サッチはコーヒーを片手に目を丸くしている。
「なんだ?飲むか?」
「ううん。そう言えば、今日マルコさんは?」
いつも一緒にコーヒーを飲むマルコさんがいない。遅れて来るかと思えばサッチがひとり分しかコーヒーを用意してないところを見るとそうでもないらしい。サッチはあたしの向かいに座るとコーヒーを一口啜った。
「今日はてめェの隊の稽古つけてる。甲板にいるだろ、多分ジョズもいる筈だぜ」
「稽古って何するの?」
「筋トレだったり組み手だったり、色々だな」
「へぇ、見に行ってみようかな」
「…野郎共が汗だくになってるところなんか見たって面白くねェと思うけど」
「そう?あたし、頑張ってる人って好きだよ」
ナプキンで手を拭きながらニヤリと笑う。サッチは特に面白くなさそうに首を傾けた。にしても、そうか。マルコさん来ないのか。つまらない。あたしは立ち上がって身体を伸ばした。
「ちょっと、行ってみようかな。マルコさんのところ」
「お前ってほんとマルコ好きだよな」
「…は?」
「え?」
サッチがこぼした言葉に、あたしは身体を伸ばした形のまま固まった。なんだって?あたしが、なんだって?マルコさんを好き?あたしが?は?なんで?コーヒーカップを口に当てたままぱちくりと目を瞬かせているサッチを見つめる。机に両手を付くと右側のほっぺたがヒクヒクと痙攣した。
「何それ」
「違うのか?おれはてっきりなまえはマルコが好きなんだと…マルコもやたらとお前を気にかけてるしな」
「なんで!?」
「なんでって…勘?」
「違うから!絶対有り得ないから!」
な、なんであたしがあんなオッサンを好きにならなきゃいけないんだ!そりゃ確かにいつも一緒にいるけどそれはなんて言うか、安心するからって言うか…いや別に好きだから安心するとかそんなんじゃなくて!ああああサッチのバカヤロー!何故だか熱くなる顔を伏せて頭を振った。サッチがコーヒーを啜る音がして視線を上げる。サッチは、ニヤリと笑っていた。
堪えられなくなったあたしは食堂を飛び出した。その後のことは何も考えてない。甲板に行ってみようか。でも、今、マルコさんと顔を合わせられるだろうか?自分のほっぺたをつねる。痛い、熱い。
「…なんなの、これ」
どうして心臓がうるさいの。混乱する頭をがしゃがしゃと乱暴に掻いて、あたしは甲板へ向かった。