過去ばかり見ていた自分が情けない。あたしには『今』がある。みんなと過ごす幸せな日々がある。どんなに羨んでも過去には戻れない…まあ、身体は縮んじゃったけど。とにかく、もう過去ばかり見るのはやめる。これからはみんなと同じ未来を歩きたい、そう思うから。
















「だから、おれは知らねェって!」

「じゃあなんで抱き締めてたんだよ!」

「こんな時に女連れ込みやがって!」

「見損なったぜエース!」


…なんだか、ものすごく、騒がしい。目を開いてまず映ったのは、親父の顎だった。視線を動かして見ればどうやらあたしは親父の膝元で寝ているらしい。昨日はあのまま寝ちゃったのか。なんか、よく眠れた気がする。みんなが騒がしいのは今は触れないでおこう。んん、と身体を伸ばすと親父と目が合った。それからほぼ同時にニッと笑った。


「親父おはよう!」

「あぁ、おはよう」

「あーよく寝」


た、という言葉は続かなかった。起き上がったら身体に掛かっていたタオルケットが滑り落ちたのだ。それだけならいい。それだけじゃないから、動きが止まった。滑り落ちたタオルケットから出て来たのは一糸纏わぬ自分の姿だった。幼女だから別に、とは思えなかった。

だって、幼女じゃなかった。あたしは幼女じゃなくて、二十の身体に戻っていた。


「!!!」

「グララララ!」


その一瞬が、自分とは思えないくらい速かった。一瞬でタオルケットを身体に巻き付けたのだ。頭が一瞬のうちに混乱する。な、なんで身体が戻ってるの。なんで裸なの!親父を見上げたら可笑しくて堪らない、といった風に笑うばかりだった。自分の手で頬をつねってみる。結構強めでつねったから結構痛い。夢じゃ、ない。本当に身体が戻ってる。じゃあ裸なのは、幼女の服が大人の体型に耐えられず破れてしまったのか。でも、なんで戻ったの。意味が分からない。パニック状態に陥ったあたしを現実に引き戻したのは聞き慣れた声。


「具合はどうだい」

「…ま、マルコさん」

「吐き気はするか?」

「大丈夫です、けど…」

「今リジィが服を取りに行ってるから待ってろい」


マルコさんはあたしの少し前に腰を降ろした。隣に座らないのはあたしの格好を考えて配慮してくれてると思っていいのかな。タオルケットをしっかり握り締めて少しだけマルコさんに近寄る。それから、未だギャーギャー騒ぐエースやサッチ、隊長さん達を眺めた。


「…あれは何があったんですか?」

「朝起きたらエースが裸の女を抱き締めて寝てて、周りの奴らが不謹慎だの羨ましいだの言って騒いでんだよい」

「…裸の女ってもしかして」

「お前だな」


なるほど、だからこの状況なのか。マルコさん以外はあたしの大人バージョンを知らないから分からないんだ。エースは嫉妬にまみれたみんなからボコボコにされていた。普段から抱き締められて寝るからなあ、大人になっても変わらないのか。にしても気付かないで眠ってたってあたしの随分神経図太くなったなあ。ジッと見つめて、そろそろ助けなきゃエースがマズイかも知れないと思った。サッチの右ストレートがエースの顔面にヒットする。うわあ、痛そう。


「サッチ、それ以上やったらエースが死んじゃう!」

「…え、は、えっ?なんでおれの名前知ってんの…?」


サッチの動きがピタリと止まりあたしを見る。目がキョトンと小さくなっていた。どうやら本気であたしが分かってないらしい。マルコさんと目を合わせてついプッと吹き出した。それからマルコさんの背中にすがり付いて見せる。


「マルコさーん、あの人可愛い妹の顔忘れちゃったって」

「あぁ、酷い兄貴だよい」

「い、妹…?おれって妹いたっけ…?」

「エースなら分かってくれるよね?」

「いでで…おれの妹は、…」


血が流れる鼻を押さえたエースがあたしを視界に捕えた。うんざりしたように半分伏せられていた目が徐々に見開かれていく。サッチや周りの隊長さん達が静かになりあたしとエースを交互に見た。エースが一歩一歩近付いて来る。あたしの前に来るとどん、と膝をついた。目を見開いたまま恐る恐る口が動く。あたしはつい笑ってしまった。


「…なまえ…?」

「なあに、お兄ちゃん」

「…おまっ、こんな大きくなっちまって…!兄ちゃん嬉しいぞ!」

「ワアアアア!」


目をキラキラさせたエースにガバッと強く抱き締められて思わず悲鳴をあげた。だってエースって半裸なんだよ。あたしタオルケット一枚なのにそんな半裸の人に抱き締められるなんてほら、教育上よろしくないでしょうよ!真っ赤になってあわあわ暴れていたら隣にいたマルコさんがエースを蹴り飛ばして助けてくれた。流石マルコさんである。エースはすごい勢いで壁にぶつかったけど気にしない。マルコさんの後ろに隠れたらサッチがそろそろと近付いて来た。


「…なまえって、あのなまえか…?」

「他にどのなまえがいるの」

「…もう、大丈夫なのか?」


それは、昨夜の話のことだろう。みんな話を聞いていたから。昨日も思ったけどみんな優しいなあ。ここの人達はいい人過ぎる。

大丈夫だ。あたしはみんなと新しい記憶を作りたい。それは絶対に忘れられない日々になる。過去に戻るより未来を願う時間になる。あたしはニッと笑った。


「もういいの!みんなといる『今』が幸せだから!」

「そっか…そうだよな!よっしゃあ!」

「ウワアアアア!」


どさくさに紛れたサッチがあたしを抱き寄せた。またマルコさん凄まじい勢いでが蹴り飛ばしてくれた。勿論サッチをね。それからエースが今夜は宴だァ!とはしゃぎながら外へ飛び出した。親父が高らかに笑った。そしたらみんなで笑った。

ここは幸せ。心からそう思ったら、やっぱり笑ってしまった。
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