それはそれは、それはそれは暑い日だった。エースが言うには今朝から夏島の気候に入ったらしい。このグランドラインには四季が巡る訳ではなく島ごとに気候が分かれているのだ。春夏秋冬の島があり、その気候の変わりやすさは山以上。エースに教わりながら、ほんとにここって不思議な世界だと思った。今までは春島の気候だったから過ごしやすかったけど夏はそうもいかない。右手に巻いた包帯が蒸れて気持ち悪い。ギプスは取れていて骨も繋がりかけているのが不幸中の幸いだった。甲板に出て帆で出来た日陰に寝転がる。吹く風は生温いけど、室内にいるよりは全然涼しかった。


「あづいいい…ステファン、よっちゃだめ」


尻尾をぶんぶん振りながら近付いてくるステファンに両手を交差してバツを作って見せるとショックを受けたように口を開いてぷるぷる震え出した。な、なんて人間臭い犬なんだ。だってこんなに暑いのに毛皮を着たステファンを抱っこなんて…。ステファンはおすわりしたまましょんぼりしたように肩を落として俯いている。こんなに哀愁漂う犬は初めて見た。ぐうう、そんな顔しないでよう!ステファンはそろりそろりと近寄るとあたしの腕を舐め始めた。生温い舌が肌を滑る。ごめんごめん、と顎を撫でて抱き寄せた。


「うみにはいりたいねぇ…」

「その願い、サッチお兄ちゃんが叶えてやろう」

「え、あ、わ!」


いつの間にか背後にいたサッチにステファンごとひょいっと抱き上げられた。サッチは汗をかいていてしっとり濡れている上に体温が高くて熱い。不快さにあたしとステファンはジタバタ暴れた。


「サッチあつい!」

「近くに無人島があんだ。でも船はそこには停まらない」

「だからなんなの!」

「無人島に停まって海を楽しみたかったら、親父に頼みに行け」


動きを止めた。無人島ということは、誰もいない。白ひげ海賊団が独占して使える専用ビーチになる。邪魔は入らない、心ゆくまで海で遊べるのだ。それって最高じゃね?頭の中でビーチを走り回るあたしとステファンを想像する。あたしはサッチを見上げてぶんぶん頷いた。


「よっしゃ!お前の頼みなら親父も断らないはずだ!」

「サッチ!おやじのとこまでぜんそくりょく!」

「おうよ!」


と、意気揚々とサッチに全速力で親父の部屋まで運んで貰ったんだけど。


「駄目だ」

「えぇー!」

「なんでだよ親父ィ!」


まさかの親父のNGにあたしもサッチもブーブーと大ブーイングを繰り返した。ステファンも怒ったような表情になっている。親父なら「グラララ、好きにしろ」って言ってくれると思ったのに!ブーブー言いながら親父の足をぺしぺし叩いた。すると親父は指先でぎゅ、とあたしの頭を潰してきた。つついたどころじゃない、潰した。危うく舌を噛みそうになった。なんだよう。顔を上げる。眉間に皺を寄せた親父がこっちを見下ろしていて、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になってしまった。なんだか怒ってらっしゃる?


「おめェ、まだ右手が治ってねェだろう」

「うっ!」

「悪化したらどうすんだ?」

「だ、だいじょうぶだよ!」

「駄目だ。諦めろ」


頭をぐりぐりっとされてあたしはしかめっ面になった。そりゃあ確かに右手は完治した訳じゃない。でもスプーンでご飯食べたりじゃんけん出来たり、神経質になって気にする程ないくらいには治ってる。気分はすっかり海!だったのにまさかこうも却下されるとは。後ろにいるサッチを見たらがっくり肩を落としていた。サッチの腕の中にいるステファンも同じだ。サッチもステファンも気分は海!だったもんね。親父を見上げてもまた指先でぎゅうううっと潰されるだけでいい返事は聞けそうになかった。


「…じゃああたしはいいから、ふねをとめてよ」

「ん?」

「サッチもステファンもうみであそびたいの。きっとナースたちもよろこぶよ!おねがい!」


小さい手をぱちんっと合わせてみる。親父は目を小さくさせていた。

こんなに暑いんだからみんな参ってるはずだ。参ってなくても涼みたいはずだ。あたしが怪我をしていて海に入れないなら、あたしが入らなければいい。原因のあたしがいなければみんなは涼むことが出来る。我ながらいい考えだと思った。


「待てよなまえ、お前が駄目ならおれは行かなくていいんだぜ」

「でもあついでしょ」

「いいんだよ、おれが熱中症で死んだらなまえの所為だから」

「な、なにそれ!」

「冗談だって。でもな?」


サッチがあたしの頭をぽんっと撫でる。いつの間にか降ろされたらしいステファンがあたしの足に頭をすり寄せてきた。


「妹が入れねェ海なんか、兄ちゃんは行きたくねェよ」

「…さ、サッチすきだ!」

「おう、知ってる」

「…ぐぬう」

「船長、なまえの手は無理をしない限り大丈夫ですよ」


親父が唸った瞬間、部屋の入口から声がした。見ればリジィがくすくす笑って立っている。リジィも暑いみたいでいつもは下ろしている髪をふたつに結んでいた。


「海の許可、してあげたらどうです?」

「……仕方ねェ」

「!」


あたしは咄嗟に親父の足をよじ登った。途中で親父がつまみ上げてくれて、すぐに親父の肩に到着した。器具を踏んでしまわないように気を付けながら親父の肩を歩く。親父の首にぎゅうっと抱き着いた。


「ありがと!おやじすき、だいすき!」

「グラララ、知ってる」


勢いに任せて親父の頬っぺたにキスしてやった。親父が嬉しそうにニッと笑ったからあたしも嬉しくなった。

あ、あたし水着持ってない!
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