利き手が使えないってのは不便だ。食事にしてもお風呂にしても着替えだって難しい。五体満足がどれだけ贅沢なことなのか文字通り痛い程実感出来た。これを機に左手を利き手にして両利き手になろうかな。手始めにお箸を持ってみたけど無理だった。リジィはすぐ治るって言ってたけど、本当かなあ。じくじくずきずき、気分は萎える一方だ。例えばまずアレ。朝起きてからの着替え。
「ほら、バンザイしろ」
「じ、じぶんでできるよ」
「いいからいいから」
「……」
「お利口さん。次はボタンとめるからうーしろ」
「うー?」
「顎上げろってことだ」
「…うー…なるほど」
「よし、次は」
「ぎゃあ!なにすんの!」
「ズボン脱がねェと」
「いい!できるから!」
「兄妹なんだから恥ずかしがるなよ、ほら」
「わっ!あ、あああああっ…うわああああああ!」
その後無理矢理ズボンを取られてスカートを穿かされた。その間あたしはパンツ丸出しである。別にね、何の色気もクソもない真っ白のかぼちゃパンツだよ。でもさ!やっぱり嫌なものは嫌なんだよね!無理矢理ズボン脱がされるなんて不快感MAXだしね!朝からこんなおぞましいことばっかりされてたら身体が持たない。この後大抵マルコさんかサッチが部屋に来るんだけど別に助けに来てくれてる訳じゃない。ハハハって軽く笑いながら「程々にしろ」って言うだけ。他人事だもんね、どうだっていいよね。しかもこれで気が休まる訳じゃないんだな。次に朝ご飯が待ってるんだ。
「ほらなまえ、あーん」
「ほらほら、あーん」
「なまえちゃんあーん」
「口開けてくれよー」
「…あの」
「ん?どうした?」
「じぶんでたべれますから」
「いいじゃねェか、食べてくれよ」
「おれ達も兄ちゃん気分味わいてェんだ」
「ほら、あーん」
「…エースたすけ」
「ぐかーっ」
「ねてる…!」
「ほら早く、あーん」
「おれが作った飯が喰えねェのかよ?」
「そうじゃなくてはずかしいんだって」
「今さらだろ。一緒に風呂にも入った仲じゃねェか」
「あああああやめてあたしのくろれきし!」
「いいから口開け。お前さっきからパンしか喰ってねェだろうが」
「…ひだりてじゃうまくたべれな」
「だからだ。口開け。いい子だから」
「こどもあつかいするな!」
「何をさっきから騒いでんだい」
「おぉ、マルコも言ってやってくれよ。恥ずかしがって口開けねェんだ」
「マルコさんはあたしのみかたで、…へ?」
「サッチ、スプーン寄越せ」
「な、なにひてんれすか?」
「あーそっか、鼻摘まんじまえば口閉じれねェもんな」
「!!!」
「ほれ、口開けねェと窒息死するよい」
…あの時のマルコさんは怖かった。ニィッと楽しそうに笑って本当に気味が悪かった。鼻を摘ままれて食べるご飯は苦しかった。勿論息が。鼻を解放して貰ってほんとはすごく嫌だったけど「あーん」して貰った。学んだことと言えば、マルコさんは味方では無かった、ということである。あたしが大人に戻った日は覚えてろ。ビンタ一発くらいお見舞いしてやるからな。
「はー…うん、だいじょうぶ、ありがと」
甲板に出て溜め息を吐き出した。そしたらステファンが足に頭をすり寄せた。ぽんぽんと頭を撫でてあげる。ステファンは夜寝る時は親父の傍で寝るけど昼間はあたしのところへ来るようになった。随分仲良くなったと我ながら思う。船首に近付いてころんと横になるとステファンも寝転んだ。仰向けになったお腹をさする。ふかふかでふわふわ、犬って不思議だ。ぎゅうっと抱き寄せたら鼻先をぺろりと舐められた。
「えへへ、わかってるよ」
みんながあたしを心配してくれてるってことくらい分かってる。正直うざったい、とか思っちゃうんだけどそれ以上に嬉しい。不謹慎なんだけどね、でも顔が勝手ににやけてしまうんだよ。ステファンの心地好い毛並みに顔を埋める。あたたかくて気持ちよくてうとうとしてきた。心配されるって幸せだ。意識がまどろむ前に誰かがブランケットをかけてくれた気がした。
「幸せそうに寝てやがるぜ」
「夜眠れてねェのかな…」
「ただのガキの昼寝だろい。気にするなお兄ちゃん」
「…おれも眠くなってきた」
「お前さっき飯中に寝たばっかじゃねェか」
「いやでもなまえ気持ちよさそうだからよ…」
「同感だ。おれァ寝るよい」
「あ!なまえの隣はおれだぞ!」
「エースほら、おれが腕枕してやるよ」
「アホか気色悪ィ!」
「静かにしろい、起きちまうよい」
目が覚めたら傍でエースとサッチとマルコさんが寝ていてちょっとびっくりした。