今朝、船は大きな島に停まった。前に買い出しに行った時から数えて二週間とちょっと振りの島だった。今回は何日か滞在するらしいから楽しみだ。洋服はこの前たくさん買って貰ったから今日は観光とかしたい。エースに頼んでみよう。あたしはうきうき気分でお洒落をした。マルコさんから貰ったバンダナも巻いてエースと甲板に出た、ら。
「いや!ぜったいやだ!」
「文句は親父に言えよい」
「じゃあいってくる!」
「残念、二度寝中だ」
走り出そうとしたらサッチに首根っこを掴まれて持ち上げられた。畜生あたしはイヌネコじゃないんだぞ!必死の抵抗も虚しくあたしはマルコさんのところ、もとい振り出しに戻った。マルコさんは無表情で飄々としている。あたしの気も知らないで!
「なんであたしがステファンとさんぽしなきゃいけないんですか!」
「そりゃ仲良くなる為にゃコミュニケーションが必要だろい」
「ぎゃあっ!あし!あしかんでるいたい!」
首輪にリードを繋げたステファンがサッチに掴まれて宙ぶらりんのあたしの足に噛み付いた。こ、こいつはどうあってもあたしに噛み付きたいんだな!
親父いわく「なまえにステファンの散歩をさせろ」らしい。なんだってあたしがあんな獰猛犬を散歩させなきゃいけないのかさっぱり解らない。そりゃ仲良くなるにはコミュニケーションは必要だと思うけどさ、ステファンはそんなつもりがこれっぽっちも無いんだもん!あたしばっかり痛い目に遇うのは御免だ!足をぶんぶん振り回すとやっとのことでステファンがべりっと剥がれ落ちた。足にはくっきりはっきり歯形。前に噛まれた手の跡がやっと消えかかってたのに今度は足だ。サッチに下に降ろされてステファンと睨み合う。怯えるもんか、もう頭きた!
「なめんなよ!」
「うわ!こらなまえ!」
飛び掛かってきたステファンの顔を思い切り引っ叩いた。ステファンは呻きはしなかったけど体勢を崩して倒れ込んだ。それを見たエースが間に入ったけどあたしはステファンを睨み続けた。あたしは悪くない。ステファンが敵意剥き出しなのが悪い。二十歳にもなって犬と喧嘩なんて恥ずかしくて馬鹿馬鹿しいんだけど今は外見的に幼女だから許してくれ。とにかく、なんて言われたってステファンと散歩なんて出来ない。途中でふたりとも傷だらけになるのがオチだ。
「ステファンも仲良くやれよ、って…」
「わあっ!」
エースが伸ばした手にステファンが噛み付く。でも、エースの手は炎になって揺らめくだけで無傷だった。そっか。エースって炎人間だった。ステファンは慣れてるのか顔にまとわりつく炎を首を振って消した。あれ?ステファンってエースには慣れてないのかな。不思議そうにエースを見つめているあたしに気付いたのかサッチがあたしの頭をぽんぽんと撫で付けた。
「エースは『火』だからな。動物は嫌いだろ?」
「だからおれもなまえと一緒だ。深く考えんなよ」
エースからもぽんっと撫でられる。なんか身長が縮みそうで怖い。イマイチ納得出来ないでいるとマルコさんからリードを押し付けられた。…やっぱり散歩しなきゃいけないのかな。絶対嫌なんだけど。でも親父の言うことに逆らうなんてしたくないし…親父大好きだし。なら道はひとつしかない。エースが小さな小銭入れをあたしの首にかけた。押し付けられたリードを手首に回してステファンを睨み付ける。
「…じゃあ、いってきます」
「あ、知らない奴についていくなよ」
「危ないところには近付くんじゃねェぞ」
「アイスばっか喰うなよ」
「こっ…こどもあつかいす」
「仲良くやれよい」
膝を折って目線を合わせて言われる。声が出なくてムッとしたら鼻で笑われた。大丈夫だ。あたしは大人なんだからな!
「いくよステファ、ぎゃあっかむなああああ!」
「…大丈夫かな」
「多分ねい…」