「いったあああい!」
「グララララ!」
場所は親父の部屋。あたしの悲鳴と親父の独特の笑い声が響き渡る。何故ならあたしの手に犬が噛み付いているからである。この犬の名前はステファン。親父とそっくりの髭が特徴の、親父の飼い犬だ。親父の飼い犬にしてはサイズは普通の犬と変わらない。でもパワフルだった。顎の力もめっちゃ強い。あたしはただ撫でようとしただけなのになんで噛まれなきゃいけないんだ!
前島に行った時にマルコさんに教えて貰ったステファンを見に親父のところへ来た。それでただ撫でようとしたら、ガブッ!だ。
「マルコさんんん…!」
「ステファン」
近くにいたマルコさんに助けを求めたらマルコさんはステファンの首根っこをひょいっと持ち上げた。ステファンは素直に持ち上げられて、あたしの手は解放された。痛かった…!恐る恐る手を見たら歯形がくっきり残っている。あたしちゃんと頭からじゃなくて顎からそっと撫でようとしたのになんでこんなに敵意剥き出しなの。ひどいよステファン。マルコさんの足に隠れてステファンを睨み付けた。
「ステファンは人見知りが激しいんだよい」
「かみつくってどんなひとみしりですか!」
「おれだって慣れるまではそうだった」
「ぎゃあ!かまえてる!」
親父の足元でステファンが身体を低くしてあたしを見据えていた。くそ、むかつくけど怖い!唸りこそしないけど鋭い牙を剥き出しにしている。あいつ絶対あたしのこと噛み殺すつもりだよ。目が「舐めんじゃねェ」って語ってるもん。きっとステファンの中であたしの順位は一番下なんだろう。犬って階級制だし。畜生わんころ、あたしが大人に戻った時は覚えてろよ。マルコさんみたいに首根っこ掴んでひょいってしてやるからなコノヤロー。
「仲良くしろよなまえ。こいつも家族なんだからな」
「あたしはなかよくしたいんだけど…」
「お前もだ。可愛い娘に噛み付くんじゃねェ」
親父にぴしゃりと言われたのが嫌だったのかステファンは自分のベッドに行って丸くなった。仲良くしたいんだけど、噛まれるのは嫌だ。痛いしこれじゃいつか血が出るよ。未だに歯形が残る手にフーフーと息を吹き付けた。
「そういやなまえ、そのイカしたバンダナはどうしたんだ」
「これ?これはマルコさんがくれたの」
「ほお…マルコ、おれには何もねェのか?」
「親父にゃ毎日感謝してるよい。それじゃ足りねェかい」
「グララララ!言うじゃねェか」
親父とマルコさんが楽しそうに顔を歪めて笑う。仲良しだなあ、このふたり。てゆうかみんな仲良しだよね。家族だもんね。でも、本当の家族じゃないんだっけ。本人達に訊いたことはないけど間違いないと思う。みんな『エドワード・ニューゲート』という人間を『親父』みたいに慕ってるだけだ。親父もみんなを『我が子』だと思ってるだけ。本当の家族じゃない。けど、本当の家族並みに、もしかしたらそれ以上に、みんなは素敵な『家族』だと思う。いいなあ、こういう関係。なんか上手く言えないけど、いいなあ。
(まあ、あたしも娘なんだけどね)
親父の言った「可愛い娘」がくすぐったい。家族は家族らしく仲良くしなきゃ。取り合えずすっかり眠ったステファンとどうやって仲良くなろうかと悩んでみた。
遠くない未来、あたし達はすごく仲良くなるなんて思いもよらずに。