朝、目を覚ましたら隣にエースがいなかった。このパターンは前にもあった気がする。船が襲われた時だ。まさかまた…でもおかしい。遠いところからだけど笑い声が聞こえてくる。笑い声が聞こえてくるのに襲われてる、なんてのは変な話だ。一体何が起きてるのかな。ぼんやりする頭を振って立ち上がる。パジャマ(ウサギの着ぐるみ)から着替えていたら、ドタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。顔を上げたらバンッ!と乱暴にドアが開かれた。わあびっくりした!


「ま、マルコさん!?」

「なまえ!助けてくれ!」

「はぁっ!?」


突然入って来たマルコさんはその勢いのままエースのクローゼットを開いた。息切れしていて軽く青ざめてる。しかも助けてくれって…何事なんだ。マルコさんはクローゼットに片足を突っ込んで肩越しに振り返った。


「赤髪の男が来たら思いっ切り泣け!それで『お兄ちゃん』って叫べ!」

「な、なくんですか?」

「泣くフリでいい!頼んだよい!」


そう言うとマルコさんはクローゼットに入って戸を閉めてしまった。あたしの周りにクエスチョンマークが飛ぶ。とにかく赤髪の人が来たら泣き喚いて『お兄ちゃん』って叫べばいいのかな。すっかり気配を消したクローゼットの中身を凝視していたらまたドタバタドタバタと足音がした。今日は喧しい日だ。開けっ放しのドアを見つめる。すると、ひょいっと。誰かが顔を覗かせた。逆光で顔が見えないけどおぉと驚いたような声を出したのは聞こえた。


「こりゃあ驚いた。可愛らしいクルーがいたもんだ」

「……!」

「なぁお嬢ちゃん、マルコを見なか」

「う、わああああああん!」


あたしは思い切り叫んだ。涙が出なかったから両手で顔を隠して叫んだ。男が近付いてきて、見えたのだ。男は赤髪だった。しかも今マルコさんのこと言ってたし、マルコさんの言ってた『赤髪』って絶対この人だ!マルコさんを助けなきゃ!泣けあたし!突然泣き喚いたあたしに赤髪は目を丸くしている。


「おいおい、おじさんは悪い人じゃないぞ」

「うえええええんっ、おっ、おにいちゃあああんっ!」

「困ったなァ…ん?」


また外から足音が聞こえてきた。だけどさっきの比じゃない、船が揺れてるんじゃないかってくらいすごい足音だった。てゆうかなんだか室温が上がったような…。

開きっ放しのドアから誰かが現れた。身体には真っ赤な炎を纏っていて、まあつまりアレだ。エースだ。なるほど。マルコさんが『お兄ちゃん』って叫べって言った意味が今解った。ブラコンでありシスコンでもあるエースがあたしを泣かした人間を放っておく訳がない。エースはすごく怖い顔をしている。かなり怒ってるみたいだ。


「シャンクス…おれの妹に何してんだ…」

「いや、おれは何もしてねェんだが」

「じゃあなんでなまえが泣いてんだ…!」

「落ち着けよ。なまえだったか?エースが兄ちゃんってことはルフィの妹でもあんのかな?」

「なまえに近付くなアアア!」


エースの身体がゴウッと燃え上がる。赤髪はげっと肩を竦めた。ちょっと待って、このままじゃあたしまで被害喰らうんですけど。逃げ出そうにもエースは相当ぶちギレてるのか周りが見えてない。こりゃ困った。マジで。取り敢えず避難しようとベッドから降りて壁に寄った、ら。


「え、わっ!」

「あ!待てよマルコ!」

「逃がすかアアア!」


クローゼットから飛び出したマルコさんに小脇に抱えられる。まるでボールを持ったアメフト選手みたいにマルコさんは未だ開きっ放しのドアに突っ込んだ。マルコさんを見た赤髪が嬉しそうに笑ってたけどエースに捕まってた。…何これ。誰あれ。シャンクスって言ってたっけ。なんでマルコさんはあの人から逃げてるんだろう。小脇に抱えられたまま甲板へ着くとようやく下に降ろされた。甲板には各隊長さん達で溢れている。


「…なんなんですか?」

「さっきのはシャンクス。赤髪海賊団の船長だ」

「かいぞくなんですか!?」

「おれを勧誘しに来るんだがしつこくてねい…」


マルコさんがハアア、と溜め息を吐き出した。マルコさんが溜め息つくの初めて見た。よっぽどなんだなあ…。マルコさんをここまで追い込むなんて、シャンクスって何者なんだろう。あ、海賊団の船長か。


「あれ?あさエースがいなかったのって」

「他の海賊団の船長を迎える時に隊長がいねェと締まらねェからな」

「なるほど…」

「赤髪が来てすぐに追われて逃げて、なまえんとこに来たって訳だ。さっきは助かったよい」

「マルコさんがたすけてくれとかいうからなにごとかとおもいましたよ」

「それだけ奴はしつこいってことさ」

「そう、おれは諦めんぞ」

「…ん?わ、あああっ!?」


突然後ろから抱き上げられて視界が広がる。マルコさんが苦虫を噛み潰したような顔をしているところを見てあたしを抱き上げてるこの謎の手はシャンクスだと思って間違いないだろう。聞こえた声がシャンクスのだしね。てゆうか、後ろにいるの全然気付かなかった。マルコさんも気付いてなかったみたいだった。エースはどうしたんだろう。ここにいるってことは撒いてきたのかな。でもエースも一応隊長のひとりで強い筈…シャンクスって何者だ。本当に。


「なまえ、マルコをおれにくれ」

「だ、だめ」

「いいじゃないか。なまえにはエースがいるんだろう?」

「だめなものはだめ」


マルコさんは白ひげ海賊団。あたし達の仲間なんだ。だから何があったってシャンクスにあげる訳にはいかない。マルコさんはあたしの発言にびっくりしたように目を丸くしていた。


「おやじがいいっていってもあたしはいや。マルコさんはぜったいあげないよ」

「…ははは!いい目だ、気に入った」

「? な」

「次はお前に逢いに来るよ」


何が?と言いかけた声は言葉にならなかった。シャンクスの唇が、あたしのこめかみに触れていた。

シャンクスはあたしをマルコさんに手渡すと甲板の中央へと歩き出した。その途中に立ち止まり振り返る。そしてまるで子供みたいに無邪気にニッと笑ってまた歩き出した。こめかみを触る。キス、された。こめかみとは言えキスされだ。こんな羞恥は、初めてだった。


「おにいちゃああああん!」


あたしの呪文によって召喚されたお兄ちゃんが敵をやっつけたのかどうかは別の話。
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