着いた島は、ものすごく新鮮だった。地面はアスファルトじゃないし建物は木製だったりレンガだったり。電柱が無くて代わりに木や花がわんさか。店先に並ぶ魚がすごく大きくて鱗が虹色に光っていた(見たことない形してたけど)野菜や果物も瑞々しくて美味しそうだった(見たことない形してたけど)初めて見るものばっかりで面白い。楽しい。わくわくする。

エースはあたしを抱き上げると服屋さんに入った。それからは、地獄だった。着せ替え人形の如く洋服をとっかえひっかえ、しかもエースの選ぶ服はフリフリしていて恥ずかしい。時々まともなやつもズボンもあったけど大抵はフリフリしてた。だけど買って貰う身としては断れない訳で、うん。あたし頑張ったよ。靴を買ってくるから待ってろとカフェのテラスの椅子に降ろされる。あたしは迷わずテーブルに突っ伏した。


「つ、つかれた…」

「お疲れさん」

「マルコさんどこいってたんですかあああ…!」


いつの間にかちゃっかり向かいに座るマルコさんをこれでもかと睨み付けた。ちょっとくらい助けてくれてもよかったのに!マルコさんは面白そうに口角を吊り上げた。むかつくって言ったの、まだ気にしてるのかな。いい大人のくせに。…マルコさんって幾つなんだろ。エースで二十なんだから…三十過ぎ?いやでも三十にしては落ち着き過ぎてるような…四十過ぎ?後半?考えていたら目の前に紙袋をドンッと置かれた。目をぱちぱちさせる。なにこれ。


「親父から頼まれたステファンのシャンプーだ。これ買いに行ってた」

「ステファン?」

「見たことねェかい?親父の飼ってる犬さ」

「いぬ?」

「親父から滅多に離れねェしいつも寝てるから知らねェのも無理はないねい」


帰ったら見せて貰えとマルコさんは言った。親父って犬飼ってるんだ。動物好きとしては是非とも見たい。仲良くなりたい。ちょっと興味が沸いてきて顔を上げた。そしたら両肘に荷物、両手にアイスを持ったエースが走って来るのが見えた。…二十には見えないなあ。


「なまえっ靴買って来たぞ!」

「やった!ありがと!」

「取り敢えずサンダルな」


エースはマルコさんにアイスを預けると紙袋の中から白い箱を取り出してあたしの前で開けて見せた。コルクで出来た底の部分に赤いベルトが可愛い、シンプルなサンダルだった。足首に巻くリボンも赤い。エースにしてはセンスのいい…いやいや、流石に失礼だ。サイズもピッタリで、気に入った!あたしはエースに向かって思い切り歯を見せて笑った。エースもすぐニッと笑い返してくれた。


「気に入ったか?」

「うん!ありがとうエース」

「気にすんな!ほら、イチゴとチョコ、どっちがいい?」

「イチゴ!チョコもちょっとほしい」

「じゃあおれの分と半分こしようか」

「…エース、おれの分は?」

「ん?…忘れてた」

「あーっ!」


マルコさんは持っていたイチゴのアイスにがぶりと噛み付く。アイスは半分くらい無くなってしまった。あ、あたしのイチゴが一気に半分も無くなっちゃった…!悲しさにぷるぷる震えたらエースが頭を撫でてくれた。


「マルコ!」

「おれの分を忘れたエースが悪い」

「マルコさんのバナナあたまあああっ!」


腹いせに力任せにマルコさんの胸を突き飛ばした。不意を突かれたのかマルコさんの身体が軽く傾く。



べちゃっ


傾いたマルコさんの手にあったアイスは後ろにいた人物の胸で潰れてしまった。ふたつのアイスを失ったことと全く関係の無い赤の他人に被害を加えてしまったことに思考が停止する。シン…と数秒間の妙な沈黙が痛い。恐る恐る視線を上げると怖い顔をした男の人がこっちを睨んでいた。口に咥えた葉巻がなんだか迫力を増す。白なのか銀なのか解らない髪色も怖い。てゆうか一般人にしてはガタイ良すぎる。ヤクザ…?なんなのこの人…!


「…白猟の!」

「白ひげの…!」

「え?」


はくりょう?マルコさんとエースは直ぐ様椅子を離れた(あたしはマルコさんに小脇に抱えられた)少しの距離を取って睨み合っている。なに、知り合い?にしても仲悪そうだけど。ただ事じゃない雰囲気が辺りを包む。周りにいたお客さん達がざわざわと騒ぎ始めた。


「白ひげの隊長共が…人拐いでも始めたか」

「期待に添えず申し訳ねェが、こいつァはおれの妹でね」

「…そうか。なら、逃がす訳にゃいかねェ」


白猟さんの身体がじわりと滲む。そしてふっと揺らめいた、かと思えばみるみるうちに身体が煙みたいにぼやけていった。まさかこの白猟さんも悪魔の実を食べた能力者、とか!マルコさんが舌打ちをするのと青い炎に包まれるのは同時。あたしはいつの間にかマルコさんの背中に乗っていて、マルコさんは物凄いスピードで空に飛び上がった。落ちそうになって慌てて首に手を回す。スピードが落ちてきた頃下に目をやったら、白猟さんとエースは既にちっちゃくなっていた。


「なまえ、大丈夫かい?」

「じょうきょうがはあくできてません…」

「奴はスモーカーっつう海軍の人間なのさ。おれら海賊の敵だ」

「てきって…エースは」

「エースなら心配いらねェ。せっかくの島で残念だが、今日は帰るよい」

「はーい」


ふたりの足を引っ張る訳にはいかない。それにスモーカーって人、怖かったし。マルコさんが言うならエースは大丈夫なんだろう。マルコさんの背中にしっかりと重心を預けた。マルコさんがゆっくり翼を上下させる。もう一度下を見たら真っ赤な火柱が上がった。


「…あのひとものうりょくしゃなんですか?」

「あぁ。モクモクの実を食べた煙人間だ」

「けむり…」


あの人の身体が煙みたいに滲んだのは見間違いじゃなかったらしい。この世界は何でもアリだなあ。幼女化するし鳥になるし炎になるし煙になるし。あたしの世界だったらマスコミが黙ってないよね。たぶんこれからもっと色んな人達に出会うんだろうな。この海賊達といる限りは。

それを楽しいと思うあたしは、すっかり海賊化してしまったのかな。マルコさんにばれないようにこっそり笑った。
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