自分が普通の人間より大きいことは自覚していたし、それにさして疑問や嫌悪感、ましてや優越感なんかを感じたこともなかった。ただ、自分と同じ高さの風景を知っている人がいないのは、少し寂しかったりもするのけれど。

***

普通の男子より身長が高めの僕から見たら勿論のこと、男からみたアキラはとても小さくて。小さな頃からアニを見ていたし女の子は小さいものだと思っていたけど、それにしたって彼女は小さ過ぎる気がする。…まぁそこが、可愛かったりするんだけどさ。どれくらい小さいかって言ったら、僕の後ろにまわると肩に頭が届かず隠れてしまうくらいだ。僕の胸よりも低いところにつむじのある彼女は、僕をよく避難用に利用している。コニーやサシャといたずらをしたあと、僕の後ろに隠れてごまかしたりして。その時の笑顔がほんとに愛らしくて、やめてくれなんてとてもじゃないけど言えやしないのだ。

「ベルくん、ありがと〜」

あぁなんて、愛しい。

***

今日の訓練が終わって、疲れた身体に鞭を打ちながら食堂でご飯を食べる104期訓練兵たち。もちろん僕も例外ではなく、ライナーの近くに腰をおろす。いつものようにジャンにいたずらをする三人組の傍ら、自分には少し低い机に合わせるように、背中を丸めてパンを千切って口に運ぶ。ジャンが大きな声で三人を叱りつけ、マルコがそれを窘める、いつもの風景だ。だけど今日は、なんだか少し違っていた。
しばらくして、食器を持った彼女が目の前に腰掛けた。珍しい、どういう心境の変化だ?思わず彼女のほうをまじまじと見てしまう。いつもなら仲がいい三人で机を囲んでいるはずだし、席だってここしか空いてないわけでもないだろうに…すると、同じ疑問を感じていたようで、ライナーが先に口を開いた。

「珍しいなアキラ、コニーやサシャと食べないのか」
「んー、今はやめといたほうがいいかなって」
「なんで?」
「さっきコニーと2人で教官にサシャのこと売っちゃったでしょ?騒いでたのはサシャだけですーってさ。今コニーがご機嫌とりしてるから私は避難してきたの」
「薄情なやつだな」
「そんなことないよぅ、女子寮ではずっと私がサシャのこと見てなきゃだめなんだからね!大変なんだよ!」
「はいはい、ご苦労なこって」
「むぅー!全然そう思ってないでしょ意地悪ライナー!」

アキラとライナーの会話を右から左に聞き流しながら、スプーンでスープを掬って啜る。スープは冷えてしまっていて、心なしか味も薄い。別に彼女がなにをしていても自分には関係ないはずなのに、近くにいるというだけで変に意識してしまって動きがぎこちなくなってしまう。三回目にスープをすくい上げた時、ちらりと彼女のほうを見れば、ばっちり目が合ってしまった。なにか変なことをしてしまっていたのだろうか、額に汗が滲む。

「僕、に…なにか?」
「ティースプーンみたい」
「へ」
「ベルくんって手がおっきいから、普通サイズのスプーンもティースプーンみたいにちっちゃく見えるなって」
「え、あぁ、そんなことないよ」

彼女の発見はいつも不思議で可愛らしいものだったけれど、今回は出来るだけ波風をたてないように相づちをうって、この場をおさめるつもりだった。これ以上そばにいるとおかしくなってしまいそうだ…僕自身のためにも、それはよくない。不自然に見えない程度に食事のペースを早めて、あとパンが半分…という時。ねぇ、とアキラが口を開いた。

「手、ぱーして」

ぱー?きょとんとしている僕に、もう一度「手を見せて」という彼女。訳が分からないまま、とりあえず机に手の甲を向ける形で手を差し出してみる…と、彼女はぶんぶんと勢いよく首を振って、そーじゃないの!と息巻いた。

「違うの!私の方に手のひら向けて、ぱーして」

何がしたいのかさっぱり分からないけど、このままでは彼女の機嫌を損ねてしまう気がする、ので。とにかく言われた通りに、手のひらが垂直になるように机と腕をひっつけた状態で、彼女に向けて差し出した。すると、彼女は。その差し出した手に合わせるように、自分の手を重ねてきたのだ。手のひらから伝わるアキラの体温に、一瞬頭の中が、真っ白になる。

「!?」
「やっぱり大きさが全然違うなぁ、第二関節まで届かないや」

アキラは、いったいなにをしているんだ?これはなんの冗談だ、からかっているのだろうか…いやその前に、手の密着に堪えられない。離れなければ、一刻も早く。しかし意志に反して腕を自分の方に引くことが出来ないまま、彼女は彼女で「ベルくんの指、思ってたよりごつごつしてるね〜」なんて呑気に言って指先や付け根を好き勝手に弄り始めるから、僕の心臓は大忙しだ。
この手の大きさ比べが、アキラの探求心に火をつけてしまったのだろう。立って立って、と促されるまま立ち上がると、とことこと横にやってきてから、彼女が口を開く。

「ベルくん、ちょっと腕ぴーんってしてみて?」
「え?」
「こんな感じ!」
「こ、こう?」
「もっとぴーん!て伸ばして!」
「ぴ、ぴーん…?」
「そーそー、そのまましゃがんで…」

腕の長さ、腰の高さ…それらを比べる度にしゃがんで、立って!と、今日の彼女は教官よりも注文が多い。そして自分と僕の身体の長さを比べては、おっきいねぇと声を上げている。今も足の長さを比べているところ、なのだが…彼女の恥骨のあたりが僕にぴったりくっついていて、そろそろ限界だった。ライナーに助けを求める意味で視線を投げかけてみても、あからさまにそらされる。神も仏もライナーも、あったもんじゃないな。

「足も長いなー」
「ちょっと、アキラ?いい加減に」
「それっ」

さすがにもういいだろう、たしなめるつもりだった、のだが。いたずらする時の輝いた目をしたアキラは、次に僕の前に回って、背中を僕の正面にくっつける形でひょいと収まった…つまり、今…ぴんと伸ばした腕を回せば、僕は彼女を抱きしめられる体制なわけで。

「ちょ、なに、してるの」
「後ろに隠れられてるから前にも隠れられると思ってたけど、やっぱりだ!すっぽり収まっちゃうね!」

あまりにも無邪気にアキラが微笑むものだから、なんだか気が抜けてしまった。こうなったらもう気の済むまで好きにさせてあげよう…と、アキラに気づかれないように小さくため息をつく。ちょっとライナー、変な目でみるのは止めてくれないかな。

「ふっふー、二人羽織り〜」

ジャケットに手を突っ込んで遊ぶアキラに合わせて猫背になる。まぁ、キミが楽しいならいいか、と思う。なんだかんだ言いながら、僕だって彼女といられて幸福なのだ。いつかそれが、自分の首をしめることになったとしても。

幸せで胸がいっぱいで、もう食べられそうにない半分のパンは、そうだサシャに渡してしまおうか。この幸せな気持ちは、彼女のおかげでもあるのだから。

***

僕の見ている風景がアキラに見えなくても、少ししゃがむだけで、彼女の見ている風景を僕は見ることは出来る。彼女の世界を知ることが出来る、たったそれだけのことが、こんなにも涙が出そうになるほど嬉しかった。
いつか僕の世界もキミに知ってほしい、なんて。そんな愚かな願いも、アキラはいつもみたいに…笑って許してくれるのかな。



ぼくがみるせかい、きみがいるせかい


20130729 あき




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