※104期美容師パロディ
最近、ジャンから連絡がない。正確には連絡しても返事がない、いつもなら一言でも返事をくれるのに…。最初は忙しいのだろうと気にしないようにしていたが、あまりに連絡がないので、もしかしてなにかあったんじゃないかと心配になってきた。家にも行ってみたが、どうやら家に帰っていないみたいだ。すがる思いで同僚であるアニに連絡をしてみたところ、返ってきたのは彼の安否ではなく『ジャンなら今日仕事入ってるから行ってみたら?』という短いメール。とりあえず生きているらしいことにホッと息をついてから、言われた通り仕事場までやってきたのはいいのだが…。
***
カランカラン、ドアのベルが勢いよく鳴って、店員が口々にいらっしゃいませと声をかけてくる。お盆休み前だからか、人も多く盛況のようだ。
「いらっしゃいま…あれ、アキラ?どうしたんですか?」
すぐに私のところにやってきたのはサシャだ。ここの店員は全員ジャンと私の仲を知っているし、私も店員と顔見知りだったりする。彼女は突然の私の来訪に驚いているようだった。軽く挨拶をしてから、用件を伝える。
「お仕事中にごめんね、ジャンいる?」
「あー、いるにはいるんですけど…今ヘルプに入ってて」
彼女が言葉尻をすぼめる。どうしたのだろう、そう思いながらフロアを見回してみると
「ジャン、髪を梳くペースが遅い」
「え、あっあぁ!悪かった」
「一人の配分が乱れると他にも影響する」
「悪かったって」
二人並んでお客さんの髪をカッとしているミカサとジャンの姿が、見えた。思ってたより元気そうだ、と安心したのと同じくらい、真っ黒な気持ちが私の心を支配していく。じっと二人の姿を見続けている私に、サシャが代わりに弁解するみたいにして口を挟んだ。
「…」
「ま、まぁ別に仕事してるだけですし」
そのとおりだった。ジャンはなんにも悪くない、悪くないのだけれど…あぁ、私はなんて嫌な女なんだろう。
「なによ、鼻の下伸ばしちゃってさ」
「あの」
「いいや、ジャンも私に気づいてないみたいだし?私もシャンプーとかしちゃおうかなぁー」
わざと大きめの声を出してみても、残念なことに彼は気づいてくれない。代わりにアルミンが笑ってくれたが、そんなものじゃ私のモヤモヤは晴れやしないのだ。
「ベルトルト」
「へ?」
「ベルトルトにシャンプーしてもらう」
「え、でもジャンももうすぐ手が空くは「ベルトルト呼んで!」
「…かしこまりました、ではあちらに掛けてお待ちください」
相手をするだけ無駄だと悟ったのか、彼女は私を所定の椅子まで案内してから足早に奥に消えていってしまった。ベルトルトを呼びに行ったのだろうか。
ジャンが気づいてくれたらな、そんなわがままを勿論神様が叶えてくれることもなく。いつの間にかミカサの隣にいた彼はいなくなっていて、ふと視線を上げた先にいた鏡に映る自分が、ひどく滑稽に見えた。
***
「ずいぶんご立腹みたいだね?」
サシャがいなくなってから、わりかしすぐにベルトルトはやってきた。彼とは特別仲がいいというわけではないが、実は彼の話しやすい雰囲気が気に入っていたりする。今日わざわざ彼を指名したのも、愚痴を聞いてもらうためだ。
「聞いてよベルトルト〜あいつってばメールも電話も繋がんないし、心配して店まで来たらミカサといちゃいちゃしちゃってさ!しかもまだ私が来たことに気づいてないんだよ有り得ない!」
「ジャンは今忙しいから…あ、椅子倒しますね」
「だって忙しいなら忙しいでそう言ってくれれば
「アキラ、ちょっと位置を上にずらしてもらえる?」
「…それでいいのにさ!?」
「そうかもしれないね。はい、タオル失礼します」
しゃべり続ける私に蓋をするように顔にタオルをかぶせてくるが、そんなものじゃこの口は止まってくれない。
「だいたいジャンは気遣いってものが足りないよね、仕事場で全部使い切っちゃってるんだよきっと」
「そうかもねぇ、お湯加減は如何ですか?」
「大丈夫、本当にジャンってばお客の女の子に優しいくせに私に優しくないんだよ!この間だって」
「洗う強さは大丈夫ですか?」
「それも大丈夫だけど…ねぇベルトルト」
「ん?」
「話、真面目に聞いてなかったりする?」
なんだか返事がおざなりというか機械的というか心がこもっていないというか…とごにょごにょ口ごもっていると、爽やかな笑顔(を浮かべているであろう声色)で彼はいった。
「んー、割と聞き流してる」
「なにそれひどくない!?」
「だって痴話喧嘩に口出すほど野暮じゃないつもりだし。言うじゃないか、夫婦喧嘩は犬も食わないって」
「別に痴話喧嘩じゃないし」
「ジャンはアキラのこと大好きだから心配ないよ」
「そんなこと」
「あるから、大丈夫」
その言葉がやけに確信じみていて、続ける言葉を見失う。「君が思ってる以上に、ジャンはアキラのことばかり考えてるんだよ」そういって、彼は笑った。
***
「はい、お疲れ様でした」
結局あれから愚痴らしい愚痴もきいてもらえないまま。それとは別に美味しいラーメン屋の話や休み前は忙しくて美容師は休む暇もない話、ミカサがスタイリングのコンテストで優勝した話なんかの世間話をしていたら、シャンプーの時間は終わってしまった。椅子を持ち上げられてから、首を傾げる。そういえばいつもより時間が長くかかった気が…それに髪から、シャンプーとは違ういい香りがした。
「あれ?もしかしてリンスもしてくれたの?」
「今回だけ、特別サービスってことでね」
「ほんと!?ありがとー、優しいなぁベルトルトは」
「じゃあドライヤーかけるんで少々お待ちください」
「はーい」
そういって今度はベルトルトがスタッフルームに入っていったので、言われたまま大人しく待つ。ドライヤーでも取りにいったのかな。
少し間があって、奥から人が出てきた。瞬間、心臓が止まるかと思った。ドライヤーを持って出てきたのは、ジャンだったからだ。もしかしたら他のお客さんのところに行くのかもしれない…そんな私の予想もむなしく、彼はまっすぐこちらにやってきた。
「…なんでジャンが来るの」
「仕方ねぇだろ、ベルトルトの野郎が他の接客に着いたから、その代わりだよ」
嘘をつけ、ベルトルトはスタッフルームから出てきていないじゃないか。
「マルコかライナーがいい」
「うるせえ文句言うな、この店にドライヤーの指名制度はないんだっつーの馬鹿」
「ちょっと馬鹿ってなによ」
「うっせー」
乱暴に前を向かされ、問答無用でドライヤーをかけ始める。…こんな時でも私の髪を撫でる手は優しくて、文句を言う気にはなれなかった。
「お前さ」
お互いにしばらく無言が続いたが、根負けしたようにジャンがしゃべりだす。
「なによ」
「店に来てんなら、俺を呼べばいいじゃねぇか…なんで呼ばねえんだよ」
「だって呼んでも気づかなかったもん」
「あの時は」
あぁもうこれ以上いいたくない、そう思っても言葉は止まってくれない。どうして私はこんなに可愛くないのだろう、鏡越しに見えるジャンの顔が歪むのが、見えた。
「ミカサ可愛いもんね?」
「っだから、いつまで引きづってんだよ。ミカサに対してはもうそういうのじゃねぇっつったろーが」
「知らないよばーか、人が心配して来てあげたのにデレデレしちゃってさ。ばーかばーか」
はぁ、ジャンから重いため息がもれる。私ってほんとにどうしようもない、頭がぐちゃぐちゃで泣きそうだ…せっかく久しぶりに、話しているのに。ふいに髪を乾かすジャンの手が止まって、私の頭を撫でた。うつむいているから、彼の顔は見れない。
「…なに泣いてんだよ」
「泣いてないよ」
「泣きそうな声だしやがって…後悔すんなら最初から言うなよな」
「別に後悔なんて」
はじかれたように顔をあげると、鏡には優しく笑う彼がいて。喉から言葉が出なくなった。ばかだな、そういって少し乱暴にまた頭を撫でてくれる彼が、好きだと思った。
「今週末休みとったから。お前の行きたがってたイベント、行ってやってもいいぞ」
「え、でも忙しいんじゃ」
「何のために人がいつもの何倍も汗水垂らして働いたと思ってんだ」
もしかして、ここしばらく連絡がとれなかったのは、休みをもらうために一生懸命働いていたからだったのだろうか。それも私のために、頑張ってくれていたのだろうか。
「家、帰ってないの?」
「ここから家まで距離あるから、ベルトルトん家に泊めてもらってた」
「…ごめん」
「あ?聞こえねぇよ」
「なんでもないー!」
ドライヤーの音に消されて言葉は伝わらなかったけど、なんとなく理解してくれたのか、ジャンはそれ以上聞き返してはこなかった。
今日は帰れるって行ってたから、私が先に帰って部屋を掃除しておこう。それから彼の好きなご飯を作って、待っていることにしよう。意地っ張りな私からの精一杯のありがとうと、ごめんねのかわりに。
***
「お前らさ…仲がいいのは分かるけど、夫婦喧嘩はよそでしろよ。ここは仕事場だぞ」
「んだよエレン!そういう台詞は俺の技術に追いついてから言え」
「なんだと!?」
ドライヤーをかけながら大声で話していたから、フロアのスタッフ全員に会話が筒抜けだったみたいだ…あっ今ちょっと真剣に恥ずかしいぞ。二人して顔を赤くしていたら、いつの間にか横にいたベルトルトがこそっと私に囁いてきた。
「ほら、だから言ったでしょ。ジャンはキミが大好きだから、大丈夫だって」
「あっベルトルト!アキラになにしてんだてめぇ!」
「別に話してただけじゃないか、ジャンは心が狭いね」
「うるせぇ!」
真っ赤なまますごんでも迫力ないよ。そう思ったが、彼が怒ってくれることが嬉かったので、やっぱりいわないことにした。
やきもきやきもち
20130812 あき