※原作7巻のネタバレあり
※後味が悪い

「あの馬鹿、帰ってくるなり“調査兵団に入る”なんて息巻いてるのよ。アキラちゃん…あなたからも何か言ってやってくれない?」

オルオが、調査兵団に入団するらしいと知ったのは、本人から直接というわけではなく、彼の母親からという間接的なものだった。それが悲しくなかったといえば、嘘になる。しかしそんなことより、彼があの調査兵団に入るという事実の方が、何倍も悲しかった。嬉しいでも寂しいでもなく、ただ悲しかったのだ。
帰って来て早々、弟たちに捕まっているオルオを見つけたのは、それからすぐのことで。裏の広場でおいかけっこに興じている彼に声をかければ、こちらに気づいた彼は意地の悪い笑顔を浮かべたあと、自慢げに鼻を鳴らしてこう言った。

「お、どうしたアキラ。成長した俺に会いに来たのか?」
「私の前にはいつもと同じ調子に乗ってる幼馴染しかいないけど」
「お、まえなぁ…久しぶりにあった幼馴染にいう言葉がそれか」
「うるさい」

相変わらずの彼に、くすりと笑う。弟たちは私がやってくるとすぐに、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。いや、私の意志を察して、この場から離れてくれたのかもしれない。あんなに小さい子たちでも、いつもと違う雰囲気だということが分かるというのにこの男ときたら。
でも本当は私だって分かっていた。彼が無理やり明るく振る舞っていることも、私を悲しませないようにしていることも。長いつきあいだからこそ、嫌というほど分かってしまうのだ。

「オルオはさ、そうやって弟たちと遊んでる方が似合ってるよ。調査兵団なんて柄にもないこと、やらないほうがいいと思う」
「…アキラ」
「そもそもオルオが、特別作戦班…っていうのもなにかの間違いに決まってるもの。だって、あなたってばいつも調子に乗って失敗するじゃない。そんな人が、すごいところにいけるわけが「アキラ」
「だって…!」

ぴしゃり、オルオが私の名を呼んだ。それ以上聞きたくない、言わせたくない。そういう類の制止だった。それでも言いよどむことはできない。だって私は、こんな気持ちのままじゃ、笑顔で彼を送り出すことなんてどうしたって出来ないんだから。

「調査兵団って、壁外調査に出る…危険なところなんでしょう?」
「…」
「もし、失敗したらどうするのよ…笑ってすませ、られないのに…」

声が震える、私は泣いているのだろうか。視界が潤んで前が見えないから、きっと泣いているのだろう。流れるそれを拭うこともせず、ただぼやけた視界の中の彼を見つめる。すると、しばらく黙り込んで私の言葉を聞いていたオルオが、口を開いた。

「目標にしている人がいる。その人に、少しでも近づきたいんだ…それに、知ってたか?調査兵団ってやつは給与の羽振りがいいんだぜ」

俺は悪運が強いから、間違っても死んじまったりしないさ…そんな軽口も今だけは笑えない、でも。オルオが私を笑わせようとつく嘘は、いつもわかりやすくて優しかったっけ。手の甲で涙を拭う。言葉ひとつで、彼が本気だということがわかったから、もうこれ以上言わないことにした。私がどういっても、オルオの家族何をいってたとしても、彼は考えを考えることはないのだろうから。

「分かった、じゃあひとつだけ約束して」
「何を?」
「壁外調査が終わったあとは、必ず顔を見せに来て。どれだけ忙しくても、必ず」
「はいはい、わかったよ」

オルオは、面倒くせぇな、と一言そういって鼻を掻く。そんな彼の横顔が、昔よりずっと逞しくなってると、その時になってようやく気がついた。

***

もう、今となっては何回目の壁外調査か分からないな。確か今日は重要な護衛任務を任されているっていっていたっけ、なんて考える余裕がある程度には、ようやくこの時間にも慣れてきた。最初こそ怖くて動くことすらできなくて、ただじっと玄関の前でオルオがやってくるのを待っていたが、今ではそれも懐かしい。帰ってきた彼の討伐数やらなにやらの自慢話を聞きながら、今日も何事もなく終わるのだろう。もうそろそろオルオがやってきてもいい時間だし、お茶の準備をしてしまおう…と、立ち上がったその時、ばたんと勢いよくドアが開いた。

「オルオ!なによ今回は随分遅かったじゃな…い」

気がついた時には、もうオルオの腕の中にいた。顔を見たら憎まれ口の一つでもたたいてやろうと思ったのに、この状況はいったいどういうことだ。それでも、彼のマントが視界いっぱいに広がっていて、そこから微かに香る埃っぽさが、夢じゃないことを告げていた。

「何、いきなり…」
「俺は、お前の隣にずっといるのは、俺だと思ってたよ」
「どうしたの、オルオらしくない」
「アキラ、好きだ」
「ちょ、ちょっとまって!え、何なんなの急に」

目まぐるしく次々と起こる出来事に、もう思考が追いついてこない。この男はなにを言っているんだ?ぎょっとして顔を見れば、いつもの薄笑いを浮かべたオルオではなく、真剣な顔をした彼がいて、息が詰まった。これは、冗談だと受け流してはいけない気がする。

「約束を、果たしに来たついでにな」
「なにそれ…ついでですませていいことじゃないと思うんだけど」
「お前、俺がいないと泣くから」
「別に泣かないし!」
「じゃあ、泣くなよ」
「え?」

オルオは優しく笑ったはずなのに、泣きたくなるのはなぜだろう。こうして彼は帰ってきたのに、どうしようもなく胸がざわつくのはなぜだろう。

「アキラが泣くのは、嫌だ」
「オルオ、どうしたの。なんだか今日変だよ?」
「少し、会えなくなるけど…泣くな」
「ちょっと、それどういうこと…」

瞬間、開いていた窓から風がするりと滑り込んできて、カーテンをゆらした。綺麗だったからとそう言って、彼が買ってくれた花を飾っていた花瓶が、大きな音をたてて倒れる。がしゃん、それに目を向け、すぐに視線を戻したら、そこにはもうオルオの姿はなかった。家族のところに顔を出しに行ったのだろうか、それとももう自分の持ち場に戻ってしまったのだろうか。どちらにしても、自分だけさっさと告白したくせ、私の返事も聞かずにいってしまうのだから仕方のない男だ。次に会った時はうんと罵ってやる。それから…それから、私の気持ちも伝えてやろう。なんて、その時はこう思っていた。「少し会えなくなる」の意味なんて、これっぽっちもわかってなんかいなかった。 もう…後悔したって、遅いのだけれど。



彼の訃報を聞いたのは、それから三日後のことだった。


気づいたときにはもう、


20131021 あき




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