子供って可愛いよな、と思う。幼さを武器に欲しい本をねだる様は愛らしいと思うし、唐突に始まるヒーローごっこも見応えがある。ただ、可愛さ余って憎さ百倍とはよくいったもの…児童書コーナーにやってくる子供の多くはやんちゃな子達ばかりで、その姿はまさに"怪物"そのものだった。

***

返品書籍の詰まったダンボールを腕に抱えて児童書コーナーの前を通りかかると、二人の子供が戦隊モノの絵本を読んでいた。年齢は幼稚園の年長くらいだろうか。会話をきくに、どちらのヒーローのほうが強いだのという討論をしているようだ…まぁそれだけならいいのだが、周りを見渡しても親らしい人物は見当たらない…これは、まずいな。

「ウィザードがいちばんつよいんだよ!」
「なにいってんだよ、ビーストのほうがつよいにきまってんだろ」
「ビーストってばかじゃん」
「ウィザードだってばかじゃんかばーか!」

言い合いをしている子供たちを遠目に見つめてから、ダンボールを置きに行くために歩き始めた。そして指定された場所まで急いで行ったあと、児童書コーナーまで早歩きで戻る。すると案の定、怪物はもう暴れ始めてしまっていた。
棚に無理やり差し込んだからか破れた帯、乱雑に閉じられたせいではみ出し折れたページ、袋から出されたシールブック…想像以上の惨状に、笑顔のまま顔を覆って天井を仰ぐ。 袋はまた包み直せばいいし、破れた帯は出版社から新しいものを送ってもらったりして対応できるが…表紙が破れてしまったりやページが折れてしまった本は返品するしかない。愛着があっても売れないから返品する時でさえあんなに心が折れるのに、そうでない本の返品なんて悲し過ぎて担当者に同情を禁じえない。哀れモブリット、敬礼。
とにかくこの場を収めなければ、こう感慨に耽っている間にも怪物は次から次へと本に手を伸ばしては破壊している。本を守れるのは私たち書店員しかいないのだ、使命感に燃える…だが問題が一つ。

「(子供って、苦手なんだよなー…)」

私は子供の扱いが不慣れだった。 きっかけは親子連れの子供に「なに読んでるの?」と声をかけた際に大泣きされてしまったのが始まりだ。こちらがどれだけ笑顔で対応しても、どうにも子供にとっては怖い顔に見えるようで泣かれてしまう。今のところ全戦全敗、ここまでくるとトラウマにもなる…遠くから見ている分には他人事なので可愛い可愛いと言えるが、直接対峙するとなると…さて、どうしたものかな…と棚の陰から二人組を窺っていると、児童書担当のモブリットがやってきた。そういえばモブリットと子供の組み合わせって月一回ある絵本の読み聞かせ会の時以外見たことがないな、せっかくだし現役児童書担当の対応を参考にしてみよう。

「こらこら、本を乱暴に扱っちゃダメだよ」
「なんだよおじさん」
「ばくたちえほんよんでるだけだもん」
「んー…あのね」

流石(例外を除いて)温厚で有名なモブリット、怒鳴ったりするでもなく諭すように語りかける。私ならここで子供が泣いちゃって親が飛んで来てややこしいことになっちゃうからなぁ、彼に任せて正解だったのかもしれない。そう思いながら、再び会話に耳を傾ける。

「あんまり強く叩いたり、無理に開いたりするとね…本がいたいよーって泣いちゃうから、優しくしてあげてくれないかな?」

…は?え、モブリット今なんて言った?

「え、ほんってなくの?」
「ばかだな、ほんがなくわけないじゃん」
「でもおじさんなくっていってるよ」

本が、泣いちゃう…?あまりにも可愛らしい例えが彼の口から飛び出したものだから、口元がにやけるのを止められない。しかも泣いちゃうって言ってるモブリットのほうが泣きそうなところが更に可愛い、なんだそれ…なんだそれ…!

「なかねぇよ、ほんはいきものじゃねーもん」
「おじさんうそついたの?」
「えっと…」

しかし男の子も怯まないなぁ、モブリットも困ってるじゃないか。友達の手前いいかっこしたいのは分かるが、それじゃ逆にカッコ悪いぞ…そこまで考えから、いいことを思いついた。子供達のいる児童書棚の裏側に回って、声を出す。棚の上部分は天井と繋がっていないので、声は届くはずだ。

「えーんえーん、いたいよー」
「!?」
「なにいまの!」

よしよし成功、表情は窺えないが声色からして驚いているのは分かる。にまにましながら天の声ならぬ本の声を続けることにした。

「そんなに強くページをひっぱったら破れちゃうよぅ、いたいよぅ」
「しゃべってる!」
「うそだ!だってこのほんからきこえないもん」
「ぼくはきみたちの頭に直接話しかけてるんだよー」

ここのうしろからきこえる!なんていうもんだから肝が冷えた。子供って変なところで鋭いからバカにできない…確認されてしまったらもう言い訳のしようがないじゃないか。考える間を与えないためとは、我ながら少し難しい言い回しをしてしまったかな。そう思ったが、子供達はなんとなく理解してくれたようだ。動揺と興奮の入り混じった声が飛び交う。

「ほんとにしゃべってるよ」
「ほ…ほんと?ほんとにしゃべってる?」
「ほんとだよー」
「すっげぇ!すげぇ!!」
「うそだっていってたくせに」
「だってほんとにしゃべってるんだぜ!?すげぇじゃん!!」

あとはモブリットがこの状況をうまく把握して話に乗ってくれればいいんだけど…アイコンタクトが取れないし、先程から一言も言葉を発してくれないから、こっちとしてはどうしようもないぞ。ドン引きされてたらどうしよう、彼に蔑んだ目で見られたら落ち込…いやそれもいいかもしれない。なんて思っていると、彼の声が聞こえてきた。

「ちゃんとおじさんのいうこときいてくれるかな?」

話に乗ってくれたあたり、ドン引きはされていないようだ…ん、よかったのか?いやいやそんなことはどうでもよくて。変な間が空いてしまわないようにして、私も話に合わせる。

「たたかれるといたいよう」
「…わかった」
「もうらんぼうしない!」
「よぅし、えらいぞー」
「おれ、かあちゃんにじまんしてこよ」
「あっずるい!ぼくもいくー!」

バタバタと走っていく子供達、さて…このまま自分の持ち場に戻ってもいいのだが、この様子だとあの散らかしたまま走っていってしまったようだ。毒を食らわば皿までというし、後片付けまで手伝ってあげるかな。と、一息ついてから彼のところに向かった。

***

「アキラさん、さっきはありがとうございました、たすかりました」
「やー、いいものみせてもらったなぁ」
「あのままだったらどうなってたか…」

困り顔のまま頬を掻いてペコペコと頭を下げる彼。おいおい、ドリンキングバードもこんなにせかせか動いたりしないぞ。しかし…本が泣いちゃう、か…リヴァイあたりがそれを言ったら「それ言われた相手のほうが泣くだろ」って感じになること請け合いだけど、それは彼の人柄がそうさせるんだろうか、全然嫌な感じしなかったし。適材適所ってこいうことをいうんだろうなぁ、なんて思っていたら。いつの間にか目の前の彼は小さく縮こまってしまっていた、一体何事だこれは、人の話を聞かなかったからしょぼくれてしまったのか?

「いつも、これでいいのかなって思いながら仕事してるんです。もっと他に方法があったんじゃないかなぁって。担当にしていただいたのに、飾り付けることくらいしか取り柄がなくて…不甲斐ないです」

少し話を右から左に聞き流しただけで、なんとも見当違いな方向に話がねじ曲がってしまったものだ。驚きのあまり口が開いてしまう。なんでこの人は自分を、悲観的にとらえることばかりこんなにうまいのか。これも一種の才能かな、とため息をつく。

「あのさ…私、モブリットは装飾とかの技術を抜いても児童書担当向きだって思ってたよ?」
「え、でも僕なんてまだまだで…」
「はい謙遜しなーい、褒め言葉は素直に受け取っとくもんだよ」
「…ありがとう、ございます」

照れたように笑う彼は年相応で可愛らしい。実際モブリットは私よりもよっぽど真面目に働いてくれているし、同期の中でも評判が良い。もっと自信を持ってもいいくらいだ…まぁオルオくらい自信過剰になれとは言わないが…と思っていると、噂をすればなんとやら、オルオが小走りでこちらにやってきた。

「よかった、まだ上がってなかったんだな」
「オルオさん、どうかしたんですか?」
「えっと…ハンジさんが、絶版の絵本の注文受けちまったみたいで…今ちょっとトラブルに…」

ハンジって時々やらかすよね、なんて呑気に思えているのはモブリットがいるからだ。大体彼のいる時間帯のハンジの失敗は全部彼に回ってくる、それを哀れと思いはしても、何とかしてあげようとは思えないのだ。モブリットの教育係が、ハンジだったのが運の尽きだとしか言い様がない。哀れモブリット、本日二回目の敬礼を彼におくる。

「またあの人は…!一言相談してくださいっていってるのに!」
「お目付け役は大変だ、頑張ってね〜」
「えっアキラさん他人事ですか!?」
「ぐっどらっく!」

いい笑顔で親指を立てたら、なんとも恨めしそうな目で私を一瞥された。そんなこといわれても、私だってハンジの尻拭いはごめんだ。「もう誰も信じない…」なんて呟きながら、涙目で足早に向こうへ去っていくモブリット。薄く笑って、今度また彼が胃炎になりそうになったら、シフトを代わってあげようか、と考える。そしてその後ろ姿にもう一度、頑張れと小さく声をかけた。


書店員、仮面ライダーになる

12030918 あき




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