「ということで、本日よりこの学園の一員となったみょうじさんを歓迎するじょー!」

理事長を筆頭に乾杯の音頭をする。理事長はとても小柄な人で、それからなぜか頭に日本国旗が刺さっている。あれって、どうやって刺さってるのかは聞いていいものなのか。他の人は気になってないのかな。この学園は不思議なことが多い。


「みょうじさん、学校の司書をやるのは初めてなんだってね。」

「はい、そうなんです!」

隣に座っていたチョロ松先生は枝豆をつまみながら私に問いかけた。両親と理事長が知り合いで、赤塚学園で働いてみないかと声をかけられたのが始まり。学生の頃、嫌いだったはずの学校に勤める決意をくれたのも、過去があったおかげで、まさか、そこであの人と再会できるとは夢にも思ってなかった。
同じ顔が5人並ぶのに、彼の姿はどこにもなくて、本当に教師ではない事実を突きつけられる。


「聞きたいことがあればなんでも言って。できる限り協力はするからさ。」

「ありがとうございます!」


知りたいことなんて一つしかない。

松野おそ松先生はどうしてここにいないんですか?





……なんて、聞けるわけないから、言葉にはできなかった想いと共にお酒を啜った。

しばらくしてアルコールが身体中を流れるように熱い。このまま酔って、そしたら、松野先生のこと気にせず問い詰められるのになぁ。なんて、本人がいなきゃ何も始まらないのだけども。



だんだんだん、

ふわりとした頭に地響きが伝わる。誰かの足音と、突然、雑に開けられ引き戸のせいで、全員の視線がそちらへとやられる。1人の男の人がなんだか不機嫌な様子で立ち尽くしていた。


「今日、飲み会やるとか聞いてねぇし……俺だけ仲間はずれとか、お兄ちゃん寂しくて死んじゃうから!」


酔いが一瞬にして醒める。赤いパーカーのその人は、子供みたいに駄々をこねて、小学生みたいだ。でも、生徒と本気の喧嘩もしちゃう人だったから、変わってない彼の姿は、妙に嬉しく感じてしまう。

「しかも、シコ松がかわいい新人ちゃんの隣とかずるい!はいはい、どいて!そこ俺の席な!!」

初めまして!と笑顔の挨拶の後に、チョロ松先生を押しのけて、彼は私の横で胡座をかいた。

「初めまして、みょうじなまえです。よろしくお願いします。」

初めまして…じゃないのにな。チクリと胸が痛む。松野先生からしてみれば、私は、何百人といる生徒の中の1人にすぎなくて、親身になってくれたのも、私が生徒であるからで、それ以上も以下もない。わかってはいるのだけども、なかなか心が伴わない。

彼はいつのまにか頼んでいた生ビールを口にして、ごくごく飲み込むたびにくっきりと浮き出る喉仏をまじまじ見つめていたら、ばっちり目があってしまった。

チョロ松先生に助けを求めたかったけども、私たち以外はそれぞれ話し込んでいる模様。

緊張で手が震える。…とりあえず、私も飲もう。やっぱり今はお酒の力に頼るしかなかった。

「なまえちゃーん。」

「な、なんでしょうか?」

「君は偉いね〜ほんと、偉いっ!」


よしよしと私の頭を撫でる。不意の行動に、狼狽せずにはいられなくて、でも、相手はすでにふた瓶も空にしている豪酒だ。きっと、この行為になんの意味もない。わかってる。全部わかってるから、お願いだから心臓さん落ち着いて下さい。



彼は頬杖をついて、私の顔を覗き込んだ。とろりと潤んだ双眼は、私のことをしっかりと見つめる。




「……ちゃんと夢叶えたんだね。すごいじゃん、」

全てを見透かしたようなその目が、優しく微笑むその姿に、私の心はいとも簡単にタイムリープしてしまう。この人は、昔から相手の隙間に入り込むのがとても上手い人で、会えなかった時間は、最速のジェットコースター並みに一瞬にして、距離を詰める。




「わ、忘れてると思いました。」

「忘れるわけないじゃん。」



私たちはもう、先生と生徒じゃないの。

あの頃伝えられなかった想い、私はまだ続けてもいいのでしょうか。




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