告白をされたのはきっと夢だったのだろうか。そう思うしかないくらいに、あいつは僕の元に現れなくなった。
つい最近までのうざったいくらいの付き纏いはなんだったのだろうか。それもまた夢だったのかもしれない。
きっと、隣にあの子が住んでるのも夢だ。隣に住んでるのは僕と同じような見すぼらしい独身のおっさんに違いない。酔っ払っていたあの子を介抱したのも、キスをされたのも、全部全部僕の妄想だったんだ。そう思えば、余計なことで悩む必要もないし、すっきりとする。
傷つくことを極度に恐れている僕は、みょうじなまえという存在を消した。そうするしかなかった。
「一松くーん、元気ないねぇ?」
「別に、」
「あっそ、まあいいよ。」
なにかいいことがあったのか、僕に御構い無しに、鼻歌を歌いながら箒で落ち葉を片付けてるおそ松兄さんが憎たらしくて、一発蹴りを入れてやった。なに、一丁前に大家らしいことしてんの、死ね!リア充は死んでしまえ!
これは完全なる八つ当たりで、このむしゃくしゃは一体どこからきているんだろう。…い
や、理由は十分わかっている。認めたくないだけ。
「お前さぁ、そんなんだからダメなんだよ!」
「そうですね、ひねくれ者なんで。」
開き直る僕に対して、おそ松兄さんは盛大にため息を零した。僕みたいな面倒くさい弟を持って、さぞ、不幸なことでしょうね。一つ歪むと、全部がそう思えてしまう。
僕と言う人間は、昔も今も変わらずにゴミ屑な存在で、好きになってくれる女の子がいるはずもない。
「他の男にとられてもいいの?」
「別にいい。」
「…あの子、本当にお前のこと大好きじゃん。」
「関係ない。」
そう、関係ない。ただの他人。
あいつがしてくれたことってさ、勝手に人の部屋に上り込むは、突然部屋の掃除するわ、まずい料理食わされるわ、飼い猫にダサい名前つけるわ。迷惑なことしかされなかったし、いなくなってくれて清々する。そもそも、僕は孤独死する覚悟だってできてるし、寂しくなんてない。
でもさ、そんな僕でも誰かに愛される夢見たって、許してくれますよね?だって、夢だから。
「…あーあ、なまえちゃんさぁ、もうすぐここから、あ、やべ、」
途中まで言いかけて口を紡いだおそ松兄さんは無言で箒を動かす。更にわざとらしく口笛を吹き始めて、どう考えても何か隠してるのは明らかだ。
「………なまえちゃんがなに?」
「いやいや、プライバシーの侵害に当たるから住民の情報は言えないなぁ〜」
いいから言えと、無言の圧力をかけて、おそ松兄さんの胸ぐらに掴みかかる。こんな必死な自分は惨めだ。だけども、そうさせてしまうくらい僕の心とやらはもう君のことでいっぱいだった。
気がつかないうちに、彼女のいる日常が、当たり前になっていた。今更消すなんてやっぱりできない。無理な話。自分自身が一番よく分かってる。
でも、君の心はもう他の男にあるかもしれない。手遅れかもしれない。
もしも、まだ間に合うのなら、僕から言わなきゃいけないことがある。
「……一松ってば、そんなになまえちゃんのこと好きなのぉ〜?」
「そうだよ、好きだし、」
ついに口に出してしまった。相手はおそ松兄さんであるというのに、顔が熱くなる。
にやりと笑みを浮かべるおそ松兄さんに、ぞっと粟立って、これは、なにかを企んでるときの顔だ。
「だってさ、なまえちゃん。」
「は?」
アパートの陰からひょこりと現れた彼女の姿を目にして、僕はわなわなと震え出す。
いつから?ってたぶん最初からで、みょうじなまえは、クソ長男の計らいでそこにいたのだろう。
こんな形で言うつもりなんてなかったのに。
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