生まれて初めて女の子に大好きだと言われて、しばらくの間なにも喋れなかった僕は女子か……女子なのか!
まあ確かに男らしさは生憎持ち合わせてませんけど。痛いくらいに、ばくばくとうるさい心臓をぎゅっと抑える。
おやすみなさい!また明日!と手を振る彼女に、僕も軽く振り返す。目も合わせられずに、ぱたんと玄関の扉を閉めた。
部屋に入るなり、全身の力が抜けるみたいにへなへなとしゃがみこむ。まだまだ熱が治らない僕の元に、黒い猫がやってきて、すりすりとすり寄ってきた。
好きと言われて、好きと答えればよかったのだろうか。でも、いきなり難易度高すぎでしょ。そもそも、人を好きになるってどういう感情?随分と人と距離を置いて生活してきた僕には、理解不能な国家試験レベル以上の難題だし。というか、あれは本気の言葉?からかわれているだけ?
いやいや、僕もべつに彼女のこと恋愛的に好きとかそんなわけではない。むしろ、ちょっと迷惑してるくらいだったし!考えるのはもうやめよう。
そう決めたのに、ついうっかりおそ松兄さんに相談してた僕は迂闊だった。
「……そこはさぁ、俺も好きだっ!って、こう!情熱的なバグをするべきだったでしょ!」
そんな勇気も度胸も、スマートにやれる自信も僕にはありませんから。
自分で自分のことを抱きしめるおそ松兄さんのことは、放っておいて、僕はのら猫に餌をあげる。
「相変わらず、冷めてんなぁお前〜」って、可哀想なものを見る目で僕を見下したから、仲良しの白猫にお願いをすれば、そいつはおそ松兄さんに襲いかかった。ざまぁ。
「…素直になんなきゃさ、他の男に取られちゃうよぉ?」
猫パンチを食らった痕をさすりながら、おそ松兄さんは心配そうに呟いたけど、なぜだか僕の中で彼女が他所に行ってしまう不安は微塵もなかった。それは、彼女の矢印が僕に一直線であるという自惚れがあったのかもしれない。ゴミ屑のくせに、本当は僕も馬鹿な男なんだよね。
バイトの帰り道はいつものように少し肌寒くて、治安のいい赤塚も、夜になれば浮かれた輩を何人か目撃する。酒に溺れて、調子付いたクズどもが。まあ、おそ松兄さんも同種だけど。
それより今日の夕飯もカップラーメンにしようと決め、近くのコンビニに向かうためにガラス張りのファミレスの前を通過する。いつも通りならば何も気にしない僕が足を止めたのは、そこに見覚えのある顔があったから。
「え、なんでアイツ、」
右から二番めの奥の席にみょうじなまえと、知らない男の姿。しかも2人きりで何やら楽しそうに話してる。できるならば盗み聞きしてやりたい。でも、牛丼屋ならまだしも、家族やカップルの多いここに1人で入れる勇気はなくて、結局、僕が意気地なしだということが浮き彫りになってしまった。……知ってたけど、知ってたけど。
なにあの一軍級のイケメン。ていうか、アイツ彼氏いたの?
着古したジャージを身に纏う自分が陳腐に思えてきてしまう。
それからどうやって帰宅したのか記憶がないくらいに、僕はショックを受けたことが、なにより彼女を好きだという証拠だった。
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