「一松さん、この前はごめんなさい!」
もうお昼時。会うなり、土下座をする彼女に、僕は呆然と立ち尽くす。いやいや、いきなりなんなの!?こいつの言動には、やっぱりついて行けない。
しかも、最近バイトの休みも被ってる気がするし、ますますみょうじなまえとの遭遇率は増している。遭遇というか、押し掛け。不思議と嫌な気がしない僕は、どうやらこの現状に慣れてしまったんだと思う。いや、思いたい……。
「あの煮物、めっちゃくちゃ不味かったですよね!?」
「え、あ、あ、」
僕の吃り具合をみて、彼女はますます落胆した。あの後、自分で食べて塩と砂糖の入れ間違えに気がついたそうだ。確かに恐ろしいほどしょっぱい煮物だった。というか、料理を普段からしてる子なら味見すると思うんだけど…。
せっかくスルーしてあげたのに、わざわざ謝りに来る彼女の律儀さ。なんというか、素直さ。僕にはない部分。
よっこらせと腰を下ろして、うんこ座りと呼ばれる体制になる。彼女と目線を合わせて、それから、なんとなく頭を撫でてあげたくなった。いつも猫にするみたいに。どちらかというと、人懐こい犬気質な彼女だけども。
「まあ、また作れば、」
「それって、食べてくれるってこと!?」
「うん、まあ、」
そもそも僕も料理なんてできませんし、ギリギリ食える範囲なら食費浮くから別にいいし。頑張って作ります!と、キラキラした瞳を僕に投げつける。さっきまでの落ち込みようはどこへやら…まるで百面相みたいだ。
けど、陽気に笑ってるみょうじなまえを見てるのは、嫌いじゃない。なんだか、こいつの人を惹きつけるなにかは、僕らの長男に少し似てる気はする。
「それじゃあ、改めまして!黒助の散歩しに行きましょ!」
「は?」
ポケットから取り出したリードを手にする彼女に、僕の頭にはクエスチョンマークがたくさん飛び交った。それで散歩するとか、犬じゃあるまいし。
どこから得たのか、野良猫を飼い猫にする場合は、定期的に散歩が必要なのだと。そういうのあるんだ。でも、こいつ勝手に外出ていっても勝手に家に戻ってくるし。
そう言えば、実は世の中の飼い猫はみんなそういうわけじゃないと教えてくれた。いつのまにか猫に関して詳しくなってる彼女に、ちょっとだけ負けられないって意地が生まれる。だって、僕と言えば猫のために生きてるようなものだし。
「………えっと、あの、理由はなんでもいいんです!……私が、一松さんと出かけたいだけなので、」
リードを握りしめて、頬を赤く染める彼女につられる。いや、なんで照れてんの。いやいや、なんで僕も照れてんの。なにこの空気!?気まずくて、着替えるから待っててと、その場から逃げたのは僕が先。
生まれて初めて女の子と2人きりで出かける先が、野良猫の溜まり場の、薄い路地裏。
普通に考えてみれば、女の子と来る所じゃないのだろうけども、それでも、猫じゃらしを手にしてはしゃぐみょうじなまえを観察してれば、少しだけど僕の口角が上がった。
なんだか彼女の頭に犬耳が生えてるように見えるし。まるで、猫と犬がじゃれてるみたい…だな。
「一松さん!一松さん!」
こっちきてと僕に手招きをするから、そばまで寄れば、腕をひっぱられて、しゃがむように指示された。
「……あのね、一松さんのこと、大好き。」
耳打ちされた言葉に、僕が真っ赤にならないわけがない。
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