「まーつーのぉーさーん!あーけーて!」
どんどんどんと玄関から扉を叩く音が聞こえる。むくりと布団から起き上がった僕だけども、昨日も深夜帰宅だったし、オフの日は昼まで寝ていたいに決まってる。でも、そんなこと構いなし、あの日からあいつは気まぐれにやってくるようになった。
顔は可愛いけど、しつこいし、うるさいし、まじでめんどくさい女、それがみょうじなまえ。
「おはよ!松野さん、どっか遊びに行きましょう!」
「行かない。行くわけないでしょ。」
即答で応えれば、頬を膨らませた彼女に、僕はツンとした態度を改める気は更々ない。
というか、目的もなしに僕が大して知りもしないやつと出かけるわけがないから。コミュ障の、引きこもり生活数年のちのインドアをなめないでほしい。太陽の光を何時間も浴びたらたぶん死ぬと思うし。
ここまではっきりと拒絶の色を出しているというのに、それでも彼女のことを突き放せないのは例の事件があったせいだ。あれだよあれ。思い出すと、蒸気が出そうになるからあまり考えないようにしてるけど。そのせいもあって、未だ彼女の目をしっかりとみれるわけなかった。
「それじゃあ、お邪魔しまーす!」
「ちょっと、勝手になにしてんの、」
男の一人暮らしなんてどいつもこの程度だと思う。ぬいだ服は脱ぎっぱなし、カップラーメンの容器はやりっぱなし。家事なんてろくにしない僕の部屋は相変わらず汚いままだった。彼女を連れ込んだ時から変化はない。
「あ、黒助おはよ!」
彼女の声に誘われるように、一匹の猫がよたよたと歩いてくる。猫好きの僕が、唯一飼ってるのは、怪我をしていた真っ黒な元野良猫。むさくるしい僕との生活にも飽き飽きしてたのか、そいつは頭を撫でられ、嬉しそうにごろごろと喉を鳴らした。
「こーんな汚いお部屋いやだよねー?ちゃーんと黒助のために綺麗にしてくださいよ松野さん!」
「…うるさい。」
勝手に名無しの飼い猫に「黒助」と名前をつけ、さらにはゴミを集め、掃除をし始める彼女の奇行を僕はキャットフード缶を開けながら眺める。
挙げ句の果てには洗濯機まで回し始めて………って、お前は僕の母さんかよ。
2回目の訪問から、唐突にやってきたかと思えば、家事をしだすから、この人は意味がわからない。有難いといえばそうだから、放ってはおいてるけども。
暇つぶし?ただ単に家事をするのが好きなだけ?それとも、他の理由?
彼女はどうして僕のところにやってくるのか。やっぱり何度考えても理解不能だった。
「松野さんって、カノジョさんいるの?」
「なに、突然に…」
「あれ、」
唐突に向けられた指の先には、唯一飾られてる写真立て。その中には僕ら6つ子に、幼馴染に、それからもう一人。僕と長男の間に女の子が映っていた。もうここにはいないその人の姿。柄にもなくこの写真だけは手放せないでいる。まあ過去の思い出は誰にでもあるものでしょ。
「違うよ、というか、僕、カノジョいたことないし…」
「え、じゃあ童貞なの!?」
「うるさい。」
ぎろりと睨みつければ、なぜか彼女は嬉しそうに笑ってる。いや、バカにしてるのか。
こちとら魔法使いになる覚悟はとうにできてるし、むしろ、意地でも一生童貞を貫いてやるつもりだ。
「それじゃあキスもしたことないの?」とこの女は平然と呟いたから、できれば殴ってやりたかった。
心とは裏腹に、僕の顔は真っ赤に染まる。
「いや、えっと、それは……その………」
「したことあるの?誰と!?」
お前だよ!!お前にこの前奪われました!と、大声で叫べたらどれだけ楽だろうか。動揺を隠しきれずに、僕はキャットフード缶を持ちながら、キャットフード買ってくると、わけのわからないことを言い放ち、家を飛び出した。
まじむかつく。なんで、あんな平然としてられるのあの女。ドキドキしてる自分にも腹がたった。
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