「一松さーん」
「なに、」
照れ臭そうに、だけども幸せオーラというのだろうか。周りに花を浮かべて君を笑う。
好きです。と、まっすぐに僕の目を見て、君はそういった。
一松さんは?と、彼女は僕にも同じように言わせたいらしい。女ってよくわからない。
なんで、そんなに言葉を求めるのだろう。
「す、」
「す?」
「すすすす、すき、すき焼きが食べたい!」
もはや一発芸に成り果てた僕の告白ともいえないその返答に君はやっぱり笑顔を崩さなかった。数時間前まで泣いてたのはどこの誰なのか。そんでもって、キスで泣き止ませるとかキザなことしたのもどこのどいつだろうね。思い出しただけで爆発しそうになる。
「あのさ、」
「なーに?」
「アンタはさ、俺のなにが好きなわけ?」
ふとした疑問。たぶんこれがわからないから、僕はまだ君の好きという言葉を完全にインプットできていないのだと思う。
おそ松兄さんに「住民が怖がるから、その顔なんとかしろ」と、よく言われたものだし、外見はジャージばかり着てて清潔感は正直ないし、無表情だし、挨拶しないし、人としてあるまじき姿だった。
何をどうしたら好意を抱いてくれるのか、全くわからない。
「理由、説明できないかな、」
「え、」
「なんか、言葉にできないんですよね。他の男友達とは違う理由が思いつかないの。
ただね、はっきりわかるのは一松さんの笑った顔、もっと見て見たいって思ったんです。」
彼女の大きな瞳は、少し褐色で、なに一つ偽りのないって目をしている。
僕が彼女を好きになった理由も、同じかもしれない。そもそも、好きに定義は存在するのだろうか。
この、めんどくさい女の子が、ほっとけなくて、そばにいて欲しくて、泣き顔は見たくなくて、僕の隣で好きなことして、好きなだけ馬鹿やって笑っていてほしい。
「ふーん、」
「あ、一松さん、照れてる?」
「照れてない。」
「嘘つかないでくださいよ!」
ふいとそっぽをむけば、君は僕の顔を覗き込んでくる。またしても、心臓がうるさいくらいになって、やられっぱなしの僕。ああ、でも、それも悪くないかなと心底思った。
「………あのさ、」
「なんですか?」
「………本当にここからいなくなるの?」
生ぬるい雰囲気に紛れようが、彼女が「引っ越す」と言ったことを僕が忘れる訳がない。
僕の問いに、「うん、」と、一度返事をしてから、また泣きそうな顔で俯いた。
彼女のことをなにも知らない僕は、理由を尋ねることも躊躇ってしまう。こうした空気にどう打ち勝てばいいのか分からずに、2人揃って黙り込んで、無駄に時間ばかりかすぎて行く。
それから、先に口を開いたのは、やっぱり彼女の方がだった。
「……あのね、お母さんにね、やることもなくダラダラ過ごしてるなら、実家に帰ってこいって言われちゃっての。そもそも、親のおかげでここに暮らせてたから、私は我儘言えない身なんだよね。」
情けなさを交えて、乾いた声で笑う彼女と俺はきっと似ている。同じ半人前の人間なのだろう。
人が生活するのに、稼ぐことに、どれだけの自由を奪われるのか…そんなの20代になれば嫌でも理解するもの。
そして、弱者には選択肢などない。
でも、1人がダメなら、2人は?
2人合わせて一人前。それも悪くはないんじゃないかな。
「じゃ、じゃあ、この部屋にアンタも住めばよくない?」
「え?」
彼女のあまりにも驚いた顔を目の当たりにして、自分がなにを口走ったのかに気がついた。
今の僕は最高潮に浮かれている。
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